「なぁ、不思議なんだけどさ」
 平坦な声が背後からした。振り返るのも妙だから、そのまま気にしてないふりをして、食事を口に
運ぶ。
 あまり聞き覚えのない幼い声は、あの一年は組の編入生か。
「施されるってそんなに厭なもんか?」
「オレは気にしねーよ?」
「だよなぁ」
 きり丸の返答に、うんうんと頷く気配。だがこちらは軽く硬直する。
 どけちで有名な一年生が、戦で家族を失い自力で学費と生活費を稼いでいる事は知る人ぞ知る
事実だ。親に学費を支払ってもらっている我々には知り得ないような目に遭っただろうし、屈辱的な
事も多々あっただろう。
 編入生め、少しばかり無神経じゃなかろうか。
「この前街歩いてたらさぁ、物乞いさんが施し受けててさ。それ見てたおっさんが、「あんな風にして
まで生きたくないねぇ」とか云って笑っててさぁ」
「ひでぇ云い草だな」
「だろ? 命あっての物種じゃん。酷い事云うなと思ってさぁ」
「……その人に何かしたの?」
「丁重に黙っていただいたとも」
 子供らしい正義感を持って、物乞いを馬鹿にした奴を黙らせたらしい。大人しい奴かと思っていた
が、大人の男に食ってかかるとは。中々度胸があるじゃないか。しかも黙らせたと云う事は云い負か
したと云う事だ。口も強いのか。
「で、何か変だよなぁと思った訳よ」
「何が?」
「だって施す側は良い目で見られるのに、施される側が悪い目で見られるって変じゃない? 施しっ
て尊いもんじゃん。施す側も施される側も功徳積んでんだろ」
「えー?」
「よくわかんないよはるかぁ」
「えー、だからさぁ。托鉢する坊さんはよくて物乞いさんは駄目って、変じゃん。同じ事してんのに。
どっちも生きる為にやってんのにさぁ、何で物乞いさんは駄目な訳? 意味わかんないよなーって」
「お坊さんは特別だし……」
「特別って何よ。同じ人間じゃん」
 箸で掴んでいたおかずが、ぽろりと落ちた。目の前に座る長次も、箸を止めている。
 云われて、気付く。
 道の端や河原にうずくまる人々を見て、無意識のうちに見下していなかったか? 自分はこうでは
ない、恵まれていると、優越感に浸っていなかったか?
 同じ人間だと云う事を忘れ、まるで、雑草でも見るかのように。
「施しが尊いなら、物乞いさんも尊いじゃないか。施す側が尊いのに、施される側が尊くないなんて
道理が立たないよ。どっちも尊いじゃん。一緒に功徳積んでるんだよ。施されてやってんだもん」
「あー、なるほど」
「はるか、すっげぇ屁理屈ー」
「きり丸に云われたくないなぁ」
 きゃらきゃら、幼子達が笑う。
 だが、私は笑えない。気付けば、周囲の上級生は皆同じような顔をしていた。
 なんて。
 なんて事を云う、子供なのか。
 私は編入生をよく知らない。ただ、家は大層裕福だと聞いた。確かに、生活に困っているようには
見えなかったし、私服はいつも真新しく綺麗な物だった。
 苦労知らずなのだろう。行儀見習い程度で来たのだろうと、思っていたのに。
「だから私は、此れをお前に施すよきり丸……」
「それが狙いか。仕方ねぇ、施されてやろうじゃねーか」
「えー、はるかぁ、ぼくにはー?」
「じゃぁしんべヱにはわたしが施してあげる」
「よし、ならオレは乱太郎にほほほほ施しを……!」
「きり丸、無理は良くない」
「無理してねーよ!」
「それじゃぁぼくははるかに施してあげるー」
「これっておかず交換しただけだよね!」
「いーじゃん、功徳積んだ事にしようぜ!」
 そう云って、子供四人は明るく笑った。
 私は、泣きたくなった。



 − その行為は尊いのか。



 おばちゃんの料理は絶品だ。本当に美味い。まぁ私の中のナンバーワンには敵わないが、おふく
ろの味と云う物がする。
 だが、まぁ、その、なんだ。
 私にも苦手な食べ物の一つや二つある訳でさ!
 いや、食べ物は腹に入れば皆同じ、好き嫌いするなんてナンセンス! ……だとは分かっちゃ
いるとも。うん。
 家と同じく此処もお残しは厳禁。当然ですとも。食べ物残す奴なんてとんだファッ■ン野郎さ。そ
う云う奴は農家の苦労を知りやがれ。俺が時の権力者なら供給ストップして飢え死にさせてや
るわ。

 だからまぁ、ちょっと話をしようかなと思った訳ですよ。
 あぁでも思い出してもムカツクなぁ。あのおっさん。ちょっとばかし裕福そうだったが、この戦乱の
時代、金なんて未来を保障してくれやしないし、自分がいつ彼らの仲間入りしてもおかしくないって
云うのに。
 金と云うのものはいつの時代も人を歪めるんだな。うん。
 だから丁重に黙っていただいたとも。
「……その人に何したの?」
 乱太郎がじっとりとした目付きで私を見る。いやん、そんな目で見ないで!
 ただ胃袋へ抉るように拳を叩き込んでやっただけですよ!
 私の心の声が聞こえたのか、乱太郎は額を押さえてため息を一つ。あ、その態度傷付くわぁ!
「で、何か変だよなぁと思った訳よ」
「何が?」
「だって施す側は良い目で見られるのに、施される側が悪い目で見られるって変じゃない? 施しっ
て尊いもんじゃん。施す側も施される側も功徳積んでんだろ」
 まぁこの話、元を辿ればスラムで仲が良かった職無しのおっちゃんから聞いた話なんだけどね。
 妙に学があって、周りから「ゲンさん」と呼ばれ慕われていたおっちゃんだった。俺達が存在する
事を許さねぇ国なんざすぐ滅ぶぜ、なんて笑ってたなそう云えば。それは年寄りに優しくない国は滅
ぶと同じ方程式何だろうか。何となくわかる気がするけど。
 まぁ私は、ただあのおっちゃんらにケーキ持ってくと凄く喜んでたからなんとなーく通ってただけだ
なんだが。スラムの人間は基本、助け合いだしな。余所者には厳しいが、身内には優しいのだ。
 私はスラムの人間にしては稼いでいた方っつーか、ぶっちゃけ上流階級クラスだった訳だから、
あれって助け合いって云うより施しだったんだよなぁ。ならどっちも功徳積んでるって思った方がい
いじゃん! 得した気がするじゃん! 実際私は金じゃ手に入らない物を得られたよ、ってアレ私
今凄くいい事云ったんじゃね?

 まぁとにかく、そう云う訳なんだ。施すって尊い行為なんだ。どっちも功徳積んでるんだよ!
 だからこのひじきを、きり丸に施すんだよ……!
「それが狙いか。仕方ねぇ、施されてやろうじゃねーか」
 呆れつつも受け取ってくれたきり丸に感謝。うん、お前私がひじき苦手って知ってるもんな。お礼
に拝んでおくよ、南無南無。
「えー、はるかぁ、ぼくにはー?」
「じゃぁしんべヱにはわたしが施してあげる」
 食いしん坊のしんべヱが私にねだれば、苦笑しながら乱太郎が小鉢を渡す。その中身は当然の
ように、乱太郎が苦手とする献立だが、しんべヱは好きと云うものだった。
「よし、ならオレは乱太郎にほほほほ施しを……!」
 ぷるぷる震える手できり丸も小鉢を出す。が、一向に乱太郎の膳に降ろされる事はない。
「きり丸、無理は良くない」
「無理してねーよ!」
 がぁと怒鳴って、きり丸は勢いよく小鉢を降ろした。おお、やれば出来るじゃないか。まぁ小鉢の
中身がきり丸の嫌いな食べ物だからだろうけど。ちなみに、乱太郎は平気な献立である。
「それじゃぁぼくははるかに施してあげるー」
 楽しげに笑いながら、しんべヱが置いた小鉢の中身を見て、思わず笑ってしまった。私は好きだ
からいいけど、なんて云うか、私ら似た者同士だよなぁ。
「これっておかず交換しただけだよね!」
 結局全員が全員に施したため、乱太郎の突っ込みが入った。もっともだ! ただのおかず交換だ
よな此れ! お互いの嫌いなおかず押し付けあっただけじゃん?!
 でもきり丸が明るく笑って、
「いーじゃん、功徳積んだ事にしようぜ!」
 って云うから、私ら全員で笑ったのだった。うむ、そう思えば押し付け合いも徳高い行為に思えて
きた! 何事も気の持ちようってな!
 とりあえずしんべヱから施されたワカメの吸い物を食べる事にしよう。ワカメが嫌いだなんてしん
べヱ……だからお前、髪の毛がアレになんじゃね?
 ところでさっきから周りが厭に静かなんだけど……、何なんだ。特に上級生。なんか涙ぐんでる人
まで居るんですけど。
 よく分からんなぁ、此処の学生って。



 了


 施し云々の元ネタ:京極■彦 塗仏の宴

 いい話の裏側なんてこんなもんさ、って云う。(最悪だ!)
 基本的に、晴佳さんにとっては施しも同情も良い事。だって生き残るのには必要な事じゃない!
たとえ何だろうと、食って生きていける事が最上の幸せだよ! 誇りよりも目の前の飯!
 ……育ちはいいはずなのに、何でこう育ったんだ。スラム街に家があるせいか、そうなのか。
生存本能高すぎてあれです。