鬼女の嗤い 大切な人を逆ハー主(固定名→花都 夢)が原因(遠因)で失った五人の人


 *** ***


 私の生まれ故郷には、双子は不吉だとする風習がありました。
 珍しくはない風習です。男女の双子だけと限定する地域もあるそうですが、私の生まれ故郷では男
同士でも女同士でも男女でも、ひっくるめて不吉扱いでした。
 ただ、村の人々は善良であったので、私達姉妹を引き離すだけで終わらせたのです。
 良かった。もし村の人々が恐ろしい性質で、不吉だから殺せとか云う物騒な人がいたら、恐らく、
妹である私の命が無かったのでしょうから。

 さてさて、私は三つほど隣の村に里子に出され、幸せな幼少時代を送りました。
 養父が売れっ子なフリーの忍者だったので食うに困らず、寒い思いもしませんでした。
 忍者の養父を純粋にカッコいいと思った私は、忍術学園の門を叩いた訳です。


 そこで双子の姉と運命の再会を果たしました。


 姉とは引き離されてはおりましたが、実の両親と養い親の心遣いで、文のやり取りはしていたので
す。だから姉も忍術学園に来る事は事前に知っていましたから、運命と云うのは大げさですね。
 此処まで来ると、何でわざわざ引き離したと云う気がしないでもありませんが、風習なのですから
仕方が無いのです。

 私と姉はぱっと見た所、あまり似ていません。
 私は父似、姉は母似だからでしょうか。
 髪の質も目の形も違くて、双子でも似てない事ってあるのね、と二人で驚きました。
 似ていなくても、私は姉のふんわりした猫毛と愛らしいまぁるいお目目が大好きでしたが。

 そんな訳で私達は、周囲から双子だと気付かれる事も無く、とても親しい友人と思われていました。
 別段不都合がある訳でもないので、私達も特に何も云いませんでした。
 長年手紙のやり取りだけでしたから、私達も双子の姉妹と云うより親しい友人と云う方がしっくり
来ていたのです。

 でも私はたまーに、二人きりになった時、「お姉ちゃん」と呼んで甘えていました。
 憧れだったのです。姉に甘えるのが。
 それが分かっていたのでしょう。姉も「なぁに、?」と優しく答えてくれました。
 とてもとても幸せで、私はくのいちになると云うのに、ちょっと甘ったれになってしまいました。

 さてさて、此処まではご覧の通り、ちょっと不思議な関係になってしまった双子の姉妹の、幸せな
学園生活で御座います。
 けれど、けれど、幸せと云う物は、ある日突然壊れてしまう物なのです。

 姉には交際している相手がおりました。
 忍たま六年生の七松小平太先輩、その人です。

 私は正直あまり彼が好きではありません。だって鍛錬だ何だと云って下級生を引きずりまわし、ぼ
ろぼろにしてしまうのです。
 私は体育委員会の次屋三之助君をちょっとだけいいな、と思っていたので、彼をぼろぼろにしてし
まう七松先輩があまり好きではありませんでした。
 けれどそれを云うと優しい姉が悲しむので、ただただ、姉に、「七松先輩と幸せにね!」などと云っ
ては、桜色の頬を紅色に染めていたのでした。

 姉は七松先輩をとても愛していて、七松先輩も姉を愛してくれていました。


 なのに、なのに、なのに!
 突然空から降って来た天女様が、何もかもぶち壊してしまったのです!

 卒業したら婚姻を結ぶとまで約束していた姉と七松先輩でしたのに。
 何をトチ狂ったのでしょう。
 七松先輩は天女様に恋をしたと云い出したのです!


 ふざけんじゃねぇですよ。姉が貴方に費やした四年間を何だと思っているのです。
 入学した時から貴方に想いを寄せ、くのたまらしからぬ純情を持って貴方を想い続け、決死の覚悟
で想いを告げた姉の四年間を、貴方は踏みにじると云うのですか。

 可哀想な姉は、その丸い愛らしい目が蕩けてしまうのではないかと心配になるほど、泣きました。
 私はただ側に居る事しか出来ませんでした。
 慰めの言葉も、七松への悪意も、何の意味もありません。さらに姉を傷付けるだけです。

 泣き終わった姉は、私の手を握りながら云いました。
「ねぇ、、私、どうしたらいいのかしら」
 可哀想な姉。
 赤くなった目も、瞼も、頬も、何もかも可哀想で。
 私はそっと姉の頬に口付けて、そっと囁いたのです。

「お姉ちゃんの思う通りに、したらいいと思うわ」

 そう、姉が何をしても、私は受け入れる覚悟でした。
 姉の純情を踏みにじった七松を殺そうと、七松を誑かした天女様を殺そうと、七松を忘れる為に別
の男に恋をしようと、いっそ学園を辞めると云ったって、受け入れる覚悟でした。
 けれどけれど、嗚呼、優しい姉は、私の純粋な姉は。


 自分を殺す事を選んでしまったのです!


 冷たくなった姉の体を前に、私がどれだけ絶望した事か!
 雪のように白い肌は死人の青白さになり、桜色の頬から色は失せ、紅を差さずとも赤かった唇は紫
色になって。
 姉に縋りついて私は泣きました。
 どうしてどうして、どうして貴女が死ぬの、どうして、どうして、どうして!

 その答えは、姉が遺した私宛の文にありました。
「愛しいへ」と、私の名前から始まったその手紙には、全てが書かれていました。

 姉は最初、七松を殺すつもりだったのです。七松を殺した後、自分も命を絶つつもりだったのです。
 それならば、それで良いのです。姉の選んだ道です。愛した男を道連れに死ぬ事も、私は受け入れ
たでしょう。
 では、何故姉だけが死んだのか。
 それは、姉が優しすぎたからです。


 七松の命を虎視眈々と狙う中、姉は延々と見続けたのです。
 天女様に向かって優しげに微笑む七松を。
 天女様に向かって幸せそうに笑う七松を。
 天女様に向かって熱い視線を向ける七松を。
 姉にだけ向けていた、愛しい者への笑みを、天女様へ捧げ続ける七松を!


 優しい姉に、七松を殺せる訳が無かったのです。
 愛する者の側に居て、幸せそうにしている七松を殺す事など、出来なかったのです。
 なんて、可哀想な姉。優しい姉。
 私の愛しい、お姉ちゃん。

 そこまでして、姉が想った相手です。私も憎むのはよしましょう。
 そう思っていた時期が、私にもありました。

 七松は。
 そう、七松小平太は、姉の訃報に、最初こそ悲しみました。
 私のせいだ、私があいつを棄てたからと云って、嘆きました。
 その様を見て私は、「良かった、姉は想われていた」と優しい気持ちになれたのです。


 なのに。
 なのにあの男は! あの天女様は!

 姉の死さえも、自分たちの悲劇的な恋愛劇のおつまみにしやがったのです!


 かつて愛していた女を、真に愛する女の為に棄てた男。
 かつて愛していた女に死なれ、後悔に嘆く男。
 その男を優しく慰める、真に愛された女。

 えぇ、演じている当人たちは楽しいでしょう。
 この上なく悲劇に浸り、真実の愛とやらに浸り、恍惚感に酔いしれる事が出来るでしょう。


 だが忘れないでいただきたいものです。
 私達が生きる世界は、決して舞台などではないのです。
 幸せな恋の結末を迎える、物語などではないのです。
 生身の、醜い人間が生きる、悪辣な現実なのです。
 その証拠に、貴方がたの幸せを憎み恨む女が、此処に一人居るのです。

 苦無を一度握り、二度握り、それから私は微笑みます。
 大丈夫です、ご心配なく。忍たま六年生に真正面から挑むなどしません。勿論、夜道を狙うなどと
云う真似も。
 私はくのたま。純粋な姉と違い、ヨゴレの女に御座います。
 姉に甘えながら、私はきちんとくのいちのなんたるかを学びました。
 人を堕とすのに、無粋な腕力など必要ないのです。そのような物、男達だけが持っていれば良いの
です。
 私はくのたま。
 手練手管で人を陥れ、欺き、操り、滅びへ誘う者なのです。

 えぇ、今すぐ殺しはしませんとも。
 罷り間違って、あの世で七松が姉に会ってしまったらどうするのです。
 昨日今日の再会では、また姉が苦しんでしまいます。それは許せません。
 だから、時期を見て、実行せねばなりません。

 姉の心の傷が癒えた頃、そして、七松の幸せが絶頂になったその時に、私が地獄へ落として差し上
げましょう。



「私はいつかきっと貴方を殺すでしょう。これは仮説ではなく、後に起こる現実なのです」
(七松と付き合って居た双子の姉(くのたま)を亡くした妹(同じくくのたま))



 我ら姉妹の嘆き、思い知るがいい。
(そう考えて私は、姉と唯一似ている、紅を差さずとも赤い唇に、弧を描いたのです)



 *** ***



 好きだったのよ、本当よ、あたし、伊作が好きだったの。


 最初は可愛い顔を好きになったの。
 運の神様に見放されたけど、美の神様に愛されたような可愛い顔。
 ずぅっと眺めていたくなるくらい、あたし、好きだと思ったの。

 次はね、めげない心を好きになったの。
 数多の不運に見舞われて、怪我をしても、失敗しても、それでも諦めない所を、凄くすごーくカッ
コいいって思ったの。
 何事もスマートに成し遂げる男より、泥臭い男の方が味があるじゃない。
 だからね、頑張る貴方を、あたし、好きだと思ったの。

 次は、優しい所を好きになったの。
 他の人間から云わせれば甘っちょろい、情けない所。
 敵味方問わず治療する、怪我人は見捨てないって云う所、凄いって思ったの。
 あたしには到底、真似出来ないから。
 まるで慈母みたいって、あたし、もっと貴方を好きだと思ったの。


 好きよ、好き、本当に、好きだったの。


 あたしは可愛いけれど、化粧が派手で、行動も派手で、遊んでる女だったから。
 最初貴方を好きと云った時、貴方戸惑っていたわね。
 当然よね。あたし、くのたまだもの。男を惑わせ、騙し、陥れる生き物だもの。

 でも、貴方は、あたしを信じてくれたよね。
 周りから「騙されてる」とか「目を覚ませ」とか云われても、あたしを信じてくれたよね。
 本当に、嬉しかったの。泣いてしまうくらい、嬉しくて。
 泣きじゃくるあたしを、貴方、抱きしめてくれたものね。
 嬉しかった。本当に、嬉しかった。
 貴方と添い遂げたいって、あたし、本気で思ったのよ。
 貴方も、あたしと添いたいって云ってくれたよね。
 卒業したら貴方に嫁ぐんだって思うと、嬉しくて、嬉しくて。
 春が待ち遠しくて、堪らなかったのよ。
「楽しみだね、
「えぇ、本当に楽しみだわ、伊作」
 そう云って、お互いの髪を梳き合ったのに。


 もう、貴方は、あたしを好きでは無くなってしまったのね。


「ごめん、……。僕は……」
 肌寒くなって来た秋の夕方。
 呼び出されて、心躍らせて行ってみれば、悲壮な貴方の顔。
 ねぇ、どうして、どうしてそんな、悲しそうなの。
「僕……夢さんの事が、好きになって、しまって……」
 俯き加減で紡がれた名前は、最近学園にやってきた天女様。
 愛らしい笑みと慈愛にあふれた心を持つ、奇跡のような人。
 嗚呼。
 勝てるわけ、ないよね。
 だってあたしは、くのたまの中でも淫蕩で、あばずれで、酷い醜女だものね。
 あんな綺麗な人に、勝てるわけ、ないのよね。
「だから……僕と、……」
「分かったわ」
 驚いたように、顔を上げる貴方。
 ねぇ、泣いてなんか、あげないわ。
「貴方がそんな、不実な人だとは思わなかった。別れましょう」
……」
 どうして、貴方が泣きそうな顔をしているの?
 貴方から始めた話でしょう。
 貴方から、あたしに別れを告げる話を、始めたのでしょう。
「さよなら伊作。……貴方には、がっかりよ」
「あ……」
 そう云って、荒々しい足取りで立ち去るあたし。
 最後の最後まで、なんて、見栄っ張り。


 ねぇ、本当は、あたしの言葉を途中で、遮って欲しかったの。
「違うよ」って云って欲しかったの。
「君と別れたくなんてないよ」って、云って欲しかったの。
「好きなのはだけだよ」って、云って欲しかったの。

 でも、どの言葉も貰えなくて、あたしはその日、最愛の人を無くしてしまった。


 それからは学業に没頭して、周りから向けられる同情も嘲笑も見ないふりして、がむしゃらになっ
て。
 良い城に仕えようと、思ったわ。
 天女様にうつつを抜かした貴方を忘れて、良い城に仕えて、良い男を捕まえようって。

 でも、でもね、でも。


 偶然見かけたの。
 貴方に駆け寄って、何もない所で躓いて、転んでしまいそうになった天女様を、庇った貴方。
 それを見た時の絶望と云ったら、無かったわ。
 だってあたし、貴方にそんな風に庇ってもらった事、無かったんだもの。

 当然よね。いつも貴方を庇っていたのはあたし。
 穴に落ちそうになったり、転びそうになったり、罠に掛かりそうになった貴方を、あたしが守って
いたんだものね。

 あたしが、守ってたんだもの。

 そうよね、貴方も男だものね。守られるより、守りたいのよね。当然よね。
 嗚呼、だから、天女様に、そんな顔を向けるのね。



「優しいところと幸せそうなところが、グチャグチャにしてやりたいくらいダイスキよ」
(伊作と付き合っていたが逆ハー主のせいで振られたくのたま)



 あたしが愛した綺麗なお顔を、今すぐにでも、
(愛していたのは本当だったの。でも、この計り知れない憎悪も、本物だわ)



 *** ***



 お互いプロになってから、父とは疎遠になりました。
 親子の情も時には邪魔になるからと、互いに考えた結果です。
 ですから、悪い知らせだけを送り合おうと決めました。
 例えば、大怪我をしたとか、振られたとか、上司が鬱陶しいとか、同僚を殴りたいとか。
 ようは愚痴り合いですね。
 見っとも無いですけど、周りに云えない事を云える相手が居るのは幸せな事です。


 今日も私は上司が年下の男の子に入れ揚げててキメェ、なる手紙をしたためておりました。

 いやだって、あんた、二十以上も年下の男の子(複数)に何やってんだって云う。
 キメェってマジ。

 しかもその相手、忍術学園の生徒さんだそうですよ。
 父は今忍術学園で教師をやっているので、是非この上司の息の根を止めていただきたい。
 健全なる青少年らの育成のためにも。

 さて、そんな手紙をしたためていた折り、同僚の尊奈門くんがやって来ました。
 おおっと、危ない。冗談半分とは云え、上司の暗殺依頼の手紙など見られては大変です。
 まぁ以前上司に見られた時は、「は手厳しいねぇ」なんて云われた程度でしたが。
 そう思うなら上司自重。超自重。

 何やら尊奈門くん、難しい顔をしております。
「どうしたの、一体。乙女の部屋に来ておいて、難しい顔して」
「お前が乙女って柄か」
 あら酷い云われようです。ぶん殴ってやりましょうか。
 そう思ったのですが、尊奈門くんはとても真剣な顔をして、私に手紙を一通差し出して来ました。
 あらあら、また父からの手紙でしょうか。今日の愚痴はなんでしょう。
 女装癖のある同僚の事でしょうか。練り物が苦手な年下の同僚の事でしょうか。それとも、思い付
きで学園全体を巻き込む学園長の事でしょうか?
 父にしてみれば愚痴でも、私にとっては愉快な笑い話。
 実は父の手紙が届くのが楽しみでたまりません。
 笑顔で受け取ろうとしたのですが、尊奈門くんは難しい顔をして渡してくれません。
 あれ、意地悪ですか、尊奈門くん?
……、これ、さ……」
「何? どうかしたの?」
「忍術学園から、なんだけど……」
 いつもの事ではないですか。
 私の父が忍術学園で教師をしているのは周知の事実。
 私は此れでも殿と上司である組頭に忠誠を誓っているから、手紙のやり取りも許されているではあ
りませんか。
 この前なんて殿の御好意で、数年ぶりに父と会って温泉に行ったくらいで。
「……差出人、が……」
 そう云われながら受け取った手紙。
 裏を返せばそこにある名前は父の物ではなく、忍術学園事務長の物です。
 今まで一度も、父以外の人から手紙など受け取った事のない私は大いに戸惑いました。(仕事の手
紙は勿論ありますよ。でも、私事の手紙では、父だけでした。よい歳の女が情けない限りですが)
 恐る恐ると手紙を開いて、私は、自分の目を疑いました。


 そこには、父の訃報が書かれていたのです。


 父は。
 父は強い男です。
 私の上司ほどではありませんが、強い男でした。

 私の記憶にある限り、そう易々と死ぬ男では、ありませんでした。
 まさか、冗談か何かでしょう?
 そんな、父が、だって、この前会ったばかりで、元気で、笑って。
 だって。


 尊奈門くんが、私の手から手紙を奪い取りました。
 ねぇ、そこには、何て書いてありますか?
 私の見間違いでしょう? 父の訃報など、ありませんでしょう?
 ねぇ、ねぇ、尊奈門くん。
 どうして、貴方が愕然とした顔をしているの。

 すぐに尊奈門くんが部屋から出て行き、組頭と小頭を連れて戻って来ました。
 組頭も小頭も、硬い表情をしています。
、休暇をあげるから、忍術学園へお行き」
 嗚呼、組頭、なんでそんな、優しい声を出しているのですか。
 そこは笑い飛ばす所でしょう?
 こんな冗談に引っ掛かるんじゃないって、笑って下さい。
 ねぇ小頭。どうして、涙ぐんでいらっしゃるのですか。
 だって、嘘でしょう、こんなの、父が、死んだなんて、もう、いない、なんて。
 そんな、事、あるわけが。


 すっかり腑抜けてしまった私を連れ出したのは、二つ上の先輩でした。
 しっかりしろと私を叱責しながらも、手を繋いでくれました。
 辿りついた忍術学園。通された、学園長の庵。

 そこで告げられた、父の死の真相。


 天女様? 何ですか、それは。
 あぁ、そう云えば父の手紙にそんな記述があったような。
 空から突然降ってきて、学園長の思い付きで学園に住み着いた異物。
 生徒達が浮足立って仕方が無いって、愚痴られました。

 その天女様を狙ってやって来た忍者に、父が殺されたと云われました。
 父は生徒を愛していましたから、生徒の愛した天女様を見捨てられなかったのですね。
 応戦して、致命傷を受け、死んでしまったそうです。曲者と相討ちになったそうです。
 その天女様とやらはご無事だそうで、不幸中の幸いだと云われました。

 不幸中の、幸い?
 私の父は、死んだのに?


 隣で先輩が怒鳴り散らしています。
 ふざけた事を云うな、こいつの父親は死んだのだぞと、私の為に怒ってくれています。
 優しい先輩です。
 普段はとっても厳しくて怖いですけど、本当はとても優しい人なのです。

 先輩の怒りを、学園長は、謝罪一つで、終わらせました。


 そんなに、そんなに、天女様が大事ですか。
 長年教師として勤めていた父よりも、突然現れた天女様の方が、大事なのですか。


 帰り際、父の同僚達から土下座され、謝られました。

 そう、彼らも忍び。仕える者。上の者の決定に、逆らえる訳が無くて。

 年若い教師が泣きながら、私に数種の手裏剣を手渡してくれました。
 父が、愛用していた品々だそうです。
 そう、父は投擲が得意でした。昔から、百発百中で、私はとても、憧れて。
 生徒に教えるために何度も何度も使いこまれた品から、ふと、父の香りがしたような気がします。


 城に戻って、部屋に引きこもって、私はようやく泣きました。
 もう父はいないのです。面白い愚痴手紙は届かないのです。温泉にも行けないのです。
 この時代、親子が死に別れるなど、珍しい事ではありません。
 私はプロ忍、父は忍術学園の教師。
 私は戦や任務中に死ぬ事もあるでしょう。
 父は教え子たちを守るために、死ぬ事もあるでしょう。
 その覚悟は二人してしていたのです。

 でも、父が死んだのは、見知らぬ天女様のせい。

 ……いいえ、いいえ、違います。天女様に罪はありません。だって天女様は、空から落ちてしまっ
ただけです。むしろ、彼女は被害者です。
 ならば、誰のせいか。
 考えずとも分かるでしょう?
 天女様を天に返さず、学園に留め置いた学園長のせいです。


 あぁ、あのじじぃ。
 耄碌した干物のようなじじいが、私の父を殺したのです。


、どうしたの、そんな怖い顔をして」
 お部屋を訪ねれば、組頭が目を細めて私の頭を撫でました。
 父と離れてからは、この人が私の父代わりでした。
 子供に手を出して自重しろとか思っていましたけど、それでも頼りになる人でしたから。
「組頭、私、タソガレドキを辞めますわ」
「どうして? 困るなぁ、が居ないと、仕事にならないよ」
「しかし、仇を討たねばなりません。父の無念を晴らすのは、娘の役目ですわ」
「うーん、そっかぁ。でも辞められるのは本当に困るなぁ。殿も怒っちゃうよ」
 ですが組頭。私はもう決めてしまいました。誰がなんと云おうと、父の仇を討つのです。
 すると組頭は、良い事を思いついたと云う顔になりました。
「じゃぁ、これは任務にしよう。うん、それがいい」
「え?」
、命令だよ。うちの手足れを連れて、大川平次を殺しておいで。ただし、他の人間は殺しちゃ
駄目だよ。大川平次だけを殺しておいで」
「そんな、組頭、私、皆さんにご迷惑を掛けるなんて」
「迷惑じゃないよ。私達は皆、が大事なんだから。お前が仇を討ちたいと云うなら、喜んで協力
するよ」
 ねぇ、と組頭が天井に向かって声をかければ、小頭を始めとして、先輩や同僚、後輩までもがぽろ
ぽろと落ちてきました。
 まぁ、皆さんお揃いで。同僚と後輩には気づいていましたが、まさか小頭と先輩達まで居るとは思
いませんでした。
「でも組頭、私、恩が返せませんわ」
「あぁ、じゃぁついでに保健委員の子達連れてきてよ。私の世話係にするから」
 伊作君の治療技術は凄いし、数馬君の淹れるお茶は美味しいし、左近君のご飯は美味しいし、伏木
蔵君と乱太郎君は可愛いしねぇ、などと云う蕩けた上司の顔を、一発殴りたいとは思いましたが。
 私は畳みに手をついて、深々と頭を下げました。
「有難うございます、組頭。必ず、このご恩に報いてみせますわ」
「うん。楽しみにしてるよ、


 小頭と先輩達と尊奈門くんと連れ立って、私は城を出ました。
 私と小頭は大川平次を殺す役割を、先輩達と尊奈門くんは保健委員を誘拐する役割を、それぞれ全
うしなければなりません。

 我らタソガレドキ忍び組。
 そこらの三流と同じに思われては業腹です。

 待っていなさい、大川平次渦正。



「泣いて許しを乞いなさいよ、そうしたら少しだけ優しく嬲ってあげるわ」
(父親(忍術学園教師)を逆ハー主絡みのいざこざで亡くしたプロくのいち)



 老い先短い貴様に、私がわざわざ引導を渡してやるのですから。
(多少は楽しませて貰っても、構いませんわね?)



 *** ***



 酷い酷い酷い酷い酷い!
 あの子が何をしたって云うの!
 あの子はただ、仙蔵君が好きだっただけじゃない!
 仙蔵君が天女様に夢中になってしまって、悔しいって云ってただけじゃない!
 何もしてないわ!
 天女様の持ち物が無くなったのだって、天女様の不注意でしょう?!
 私知ってるわ。
 騒ぎが収まった後に、「庭に落ちてた」って天女様が云ってたのを!
 なのになのになのに、何で皆あの子を責めたの!
 何で誰も庇ってくれなかったの!
 私が、私が任務に出ている間、誰もあの子を守ってくれなかった!
 どうしてよ。
 どうして、どうして!


「シナ先生! どう云う事ですか?!」
「ごめんなさいさん……、私が気付いた時には、もう……」
 そんなの云い訳にもならない!

「新野先生! どうして、あの子の手当てをしてくれなかったんです?!」
「△△さん、申し訳、ありません……。丁度、買い出しに出ていて……」
 何のための保健医なのよ!

「山田先生! どうして、どうして……!」
「すまん……。すまん、△△……。すまない……」
 謝ってなんて云っていないわ!


「立花ああああああッッ!」
「△△……?!」
 思い切り、顔を殴りつけてやった。
 お綺麗な顔。あの子が好きだった顔。笑った顔が、いっとう綺麗なのよと云っていた。
 天女様が悲鳴を上げる。
 周りの生徒達も驚愕した顔をしている。
 何でそんな顔をする。
 こいつが、こいつがあの子を殺したのだ!
「お前、お前、お前、あの子に……!」
 馬乗りになり、胸倉をつかみ上げる。
「あの子に何を云った?!」
 あの子は、強い子だった。強い、女だったのだ。
 それが、それが、自刃だなんて。する訳ない、する訳がない。
 もし、したのなら、それは、
「……別に、私は」
 私から目をそらして、立花は云う。
「醜い女と、云っただけだ」


 なんて事!


 あの子が、どんな思いで肌の手入れをしていたと思う?!
 髪の手入れを、体の手入れを、していたと思う?!
 ただたた一重に、お前に「綺麗だな」と云われたい一心で、磨いて来た美貌を。
 お前は醜いと云ったのか!

「夢さんを虐めるような性根の腐った女など……」
「あの子が天女様を虐める訳がないだろう!」
「何を云うか! 現に、夢さんの持ち物が無くなって、あいつはいい気味だと……!」
「お前が天女様に惚れおったから悋気(りんき)を起こした小娘の戯言だろうがァッ!」
 え、と呟き唖然とした立花の顔を、再度殴りつけた。
 いっそ歯でも頬骨でも何でも折れてしまえと思いながら、殴りつけた。
「お前お前お前、あの子が、どんな思いで、どんな思いで……!」
「ま、待て、△△、あいつは、私を……? そんな、まさか」
「どの面下げてほざくかァッッ!」
 誰もが知っていた。
 あの子も隠していなかった。
 忍たま六年生でありながら、他人の心内を読めなかったでも云うのか!
 もう一度殴ろうと振り上げた手を、掴まれた。
 苛立ちと共に顔を上げれば、自分が殴られたような顔をした、食満がいた。
「放せ食満留三郎! こいつ、この男、生かしておけない!」
「すまん……。俺が、云えた義理でも、ないが……」
「分かっているなら引っ込んでろ! 貴様、貴様とて、見て見ぬふりをしていた癖に!」
 あの子が虐められているのを、黙って見ていたくせに!
 立花が煽り、忍たま上級生があの子へ嫌がらせするのを、黙認した癖に!
 私は知っているんだ。知っているんだぞ!
 忍たまどもが、共謀して、あの子一人を虐めていた事を!
 綺麗に手入れしていた肌はぼろぼろ、髪はざんばら、体中に青痣を作って!
 あの子は、あの子は!
「すまない……、すまない、けど、こいつらも……」
「云い訳なんぞ知った事か! あの子は死んだ! あの子は自刃した! それが全てだ!」
「え」
 周りの連中が、唖然とする。何だ、その顔は。
 まさか、まさか、知らなかったとでも?!
「だ、だって、あいつ、里へ、帰ったんじゃ」
「誰がそんな事を云った?!」
 七松がしどろもどろと口にするのに、怒鳴り返す。
「あの子は死んだ! 自分で自分の喉を掻き切った! お前らが殺した! 立花が殺したんだ!」
 肩で荒い呼吸を繰り返し、未だ私の下に居る立花を見下ろす。
 嗚呼、お綺麗な顔が台無しだな、立花。

「覚えていろよ。お前らが殺したんだ。私は忘れないぞ。お前らが忘れようと、私は決して忘れない
からな。幸せになどさせないぞ。どこへ逃げても、地の果てまでも追い詰めてやる。必ず殺してやる
からな。いつがいいかな、楽しみだな。お前らの幸せ根こそぎ奪い取ってから、殺してやるからな。
覚悟してろよ、忘れるなよ、忘れるなよ、忘れるなよ、必ず殺してやるからなァァアァァァアアッッ!」

 顔色を無くす連中と天女様の顔を見て、私は大声で笑った。
 そうだ、一生怯えて過ごせ。幸せになる度にあの子を思い出せ、私の言葉を思い出せ。
 幸せになど、決してしてやるものか。



「罠にかかった後でもがいても無駄なんですよ、痛いだけです…」
(逆ハー主を虐めたと誤解され、虐めを受け、自殺したくのたまの親友)



 喩え実行しなくても、お前らはもう、幸せになれない。
(あぁもちろん、幸せになんてなりやがったら、殺しに行くがなァ!)



 *** ***



 美しいも、綺麗だねも、可愛らしいも、好きだも、愛しているも、全部、私へ向けられる言葉だっ
た。
 皆皆、私の事が大好きだった。
 生徒も先生も皆、私に夢中だった。
 だから私も、皆が大好きだった。
 愛され、慈しまれ、愛し、慈しんで。
 幸せだった。


 それなのに。
 空から降ってきた天女様は、あっと云う間に私の居場所を奪ってしまった。


 賞賛の言葉は全て天女様へ。
 慈しむ手も全て天女様へ。

 私は放ったらかし。


 いつもなら、私の姿を見るなり駆け寄って来た子達は、天女様に夢中で、側を通りかかった私に気
付かない。
 私を綺麗だと褒め称えて、簪や帯や着物をくれた人達は、天女様を褒め称え、私に与えた物より高
価な品々を天女様へ捧げる。
 休日の度に私を街へ連れ出し、あれこれ楽しく話したりお菓子を食べた相手は、休日の全てを天女
様に使うようになった。


 あれ、どうして、私、いつも通り、綺麗で、愛らしいでしょう?
 何も変わっていないわ。いつも通り、愛される存在のまま、なのに。
 皆の事も、変わらず愛しているのに。

 どうして、ねぇ、どうして?
 私、私より、天女様の方が、綺麗なの? 可愛いの? 愛おしいの?
 だってあの女、ただ、空から降ってきただけじゃない。
 口にする言葉は綺麗事。
 肌や髪の手入れだってなっちゃいない。
 周りから自分がどう思われているかなんて興味もなくて、勝手気ままに振る舞っている。
 そんな女の、どこがいいの?


 悔しい。
 悔しい、けど。
 口に出すなんてみっともないから、出来ないわ。
 そんな安い女じゃないの、私。
 当然、天女様を害するなんて論外よ。
 嫉妬で女の子に血を流させるなんて。
 私、そんな馬鹿な女じゃないわ。


 あぁ、きっと、新しい物が珍しいのね。
 おばちゃんのご飯は美味しいけれど、毎日食べてると、たまに、お母様のご飯や、外のおうどんが
食べたくなったりするじゃない。
 それと一緒ね。
 一過性のものよ。
 すぐ皆、私の所へ戻って来てくれるわ。


 そう信じて、待って、待って、待ち続けて。
 それでも皆、天女様に夢中なまま。
 私の事なんて、見向きもしないで。


 嗚呼、でも、大丈夫。
 だって明日は、記念日なんだもの。
 皆と約束した、大事な日。
 だから明日になれば、皆私の所へ戻って来てくれる。
 だって大事な日なんだもの。


 一緒に卒業しようって、約束をした日。


 そんな大切な日なんだから、まさか、天女様に現を抜かしたままだなんて、ある訳ない。
 約束した日から毎年欠かさず、皆で集まって、楽しくお喋りして、美味しい物を食べて、ちょっと
お酒なんて飲んで、また約束をするの。
 絶対、皆で一緒に、卒業しようね、って。
 そんな、素敵な日なんだから。
 だから、明日から、また元通りよ。
 大丈夫。
 私、皆を信じてるもの。


 あれ、でも、変、ね。


 だってもう、約束した日は、昨日になってしまったわ。
 変よね、だって、私、ちゃんと数えてたもの。
 間違えて、ないわよね?
 嗚呼でも、万が一って事があるわよね。
 文次郎君に確認して来よう。彼、細かい事には強いのよね。
 あら、丁度いい所に、一人で歩いているわ。

「文次郎君」
「ん? あ、おぉ、何だか久しぶりだな、
「ふふ、本当ね」

 あれ、どうして私、笑ってるの?
 此処って、怒る所じゃないの?
 あんた達が私を放ったらかしにしてたからでしょう?! って。

「ごめんなさい、確かめておきたい事があって」
「何だ?」
「あのね……」

 あれ、何だか、厭な予感がするわ。
 どうして、かしら。

「約束の日って、昨日じゃ、無かったよね?」

 云った、瞬間。
 凍りついた、文次郎君の顔。


 嗚呼、なんて、事。


「忘れて、た、の、?」
「す、すまん。何でだ、いつも、毎年やってるのに!」
「私、ずっと、待って、て、お菓子も、ちゃんと、用意、して」
「すまん、! 昨日、夢さんが――」

 てんにょさま。
 そう、天女様に、かまけて、私を忘れて、しまったのね。

「他の連中にも声をかけるから、またの機会にやろう、な!」

 取り繕うように笑う文次郎君の顔を見て、ぶつりと、何かが、切れた音がした。


 皆、酷いわね。
 約束だけじゃなくて、私の事まで、忘れてしまったのね。
 ねぇ、とても大切な事だったでしょう?


 にたりと、口が笑みを作った。



「タイムアウト!ゲーム終了!罰ゲーム開始!皆殺しよ!!」
(愛され主だったのに逆ハー主の出現で皆を盗られてしまったくのたま)



 茫然としている文次郎君へ、苦無を振り降ろす。
(私が貴方達より強いって事まで忘れてしまっただなんて、重症ね。……馬鹿な奴ら)






 お題配布元様『207β』