− 初めての○○。 〜 火薬委員会のバヤイ 〜
一年は組の教科担当、土井半助に云われた場所へ、伊助は急ぎ向かっていた。
伊助が入る火薬委員会は読んで字の如く、火薬を管理する委員会だ。活動場所は学園要所の一つ、
焔硝蔵になる。
侵入者への対策として、焔硝蔵は学園見取り図にも載っていない。生徒は一番最初の学内見学で案
内してもらえるのだが、それだけで覚えろと云われても一年生には無理な話だ。
その為、下級生火薬委員は直接焔硝蔵には向かわず、顧問に指定された待ち合わせ場所へ行く事
になっているそうだ。そこから同委員会の上級生に焔硝蔵まで連れて行って貰うのだ。
手間のかかる話だが、火薬と云う貴重且つ危険な物を扱う以上は当然の事かも知れない。
(先輩を待たせたりしたら大変だ……)
それを理由に、伊助は急いでいた。先輩の世話になると云うのにのんびり歩いていられるほど、伊助
は厚顔ではなかったのだ。
「……西の校庭、第三用具倉庫前……ここかぁ」
辿り着けた事に、まずは安堵の息を着く。次いで周囲を見回し、先輩らしき人物がいない事にまた息
を着いた。良かった、遅刻しなかったみたい。
が、安心するのも束の間。
「おい、そこの一年坊主」
無愛想な声に呼ばれ、体が思いきり跳ねた。まさか遅刻していたかと慌てて振り返り、謝罪しようと思っ
たのだが。
自分の後ろに居た人物を見て、体の力が抜けた。
「何だ……池田三郎次か」
「何だとは何だ。そもそも先輩を呼び捨てにすんな!」
腕を組み、不機嫌な表情で立っていたのは、一つ上の先輩、二年い組の池田三郎次だった。
個人的な関わりは無いが、伊助は池田が好きではなかった。
理由は至極単純。
「先輩に対して敬いの心は無いのかよっ。此れだからあほのは組は……」
こうして池田が、「は組」全体をあほ呼ばわりするからだ。
(何で池田三郎次が居るのさ! もう、最悪……!)
これから初めての委員会だと云うのに、仏頂面で参加する羽目になってしまいそうだ。
「……まぁいい。さっさと行くぞ」
「は? どこに」
「本当にあほだなお前! 焔硝蔵に決まってんだろ!」
「……あんたも火薬委員なの?」
「そうだよ! ……心底厭そうな顔すんなっ」
つい、正直に顔に出してしまったのを咎められる。
「失礼な奴だな本当に!」
「すいません。正直者なんで」
「自分で云うな! ……くそ、とっとと行くぞ!」
そう云って池田は踵を返した。そこで伊助はおや、と思う。
「池田……先輩、焔硝蔵までの道、知ってるの?」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ」
「いやみでいんけんな二年い組の池田三郎次」
「本当にムカつくな!」
くそ、と悪態を着きながら、池田は歩き出した。伊助も慌てて後を追う。
本当に付いて行って焔硝蔵に着くのかな、と少し不安にも思ったが、池田は迷いも無くずんずんと
歩いて行く。歩みの強さから、池田が焔硝蔵に行き慣れている事が分かった。
「ったく、土井先生が云うからわざわざ迎えに来てやったってのに……」
ぶつぶつと小声で文句を云っているのが聞こえたが、伊助は敢えて無視した。また突っかかって置
き去りにでもされたら困るからだ。
「……云っとくけどな、うちは人数少ないんだ。一年生とは云え手加減しないからな」
「人数が少ないって……。一体何人何ですか?」
「お前を入れて四人」
「えぇ?!」
驚きの声を上げ、伊助は立ち止まってしまった。池田も立ち止まり、肩越しに伊助をチラと見た。
「何だよ。ずいぶん驚くじゃないか」
「そりゃ驚きますよ! だって火薬を管理する委員会でしょう?! 委員だって指名制だし……!」
伊助自身、土井に「火薬委員をやって欲しい」と請われたのだ。教師自ら生徒を指名するならば、
それ相応の人数が居そうなものだが。
「火薬委員に”なっていい”奴が少ないって事だ」
「なっていい?」
「……後で土井先生にでも聞けよ。担任なんだから。……ほら、着いたぞ」
云われ前を見れば、石造りの蔵があった。その前に、髪の長い五年生が立っている。五年生はす
ぐに伊助らに気付き、ひょいと手を上げた。
「三郎次、御苦労さん。……君が土井先生の所の二郭伊助君だな?」
「はい。今日からよろしくお願いします」
深々と頭を下げれば、穏やかな声が降ってきた。
「俺は五年い組久々知兵助だ。こちらこそ、宜しく頼むよ」
次いで、軽く頭を撫でられる。顔を上げれば、久々知は声と同じく穏やかな笑みを浮かべていた。
(よかった……。優しい先輩みたい)
そう思い、安堵の笑みを浮かべる。
途端、舌打ちの音がした。
「……三郎次、今、舌打ちしたか?」
「してませんよ。気のせいじゃないですか?」
咎めるような表情で久々知が云った。それに対して、舌打ちをしたに違いない池田はツンとそっぽ
を向きながらとぼける。
(し、したじゃん。今、思いっきり)
先輩――それも最上級生一歩手前の五年生相手にして、堂々としらばっくれる池田に、呆れるや
ら感心するやら。
そのままつい見つめていたら、気付かれてしまった。池田は流し目をくれた後、馬鹿にするように
口の端で嗤った。
(やっ……)
ひくりと、顔が引き攣る。
(やっっっな奴ぅぅぅ〜っ!)
心の底から思った。「い組のいは陰険のいか!」と云ってしまいたいくらい、腹が立った。
だが、ついさっき挨拶を交わした五年い組の先輩は優しかった。だからきっと、池田や一年い組が
特殊なのだ。
「……ところで先輩。下関先輩は?」
話題を変えるように、池田が云った。聞き覚えのない名前だ。残り一人の火薬委員の名前なのだ
ろう。
云われた久々知が、ビクーンと大きく肩を跳ね上げた。何事かと目を白黒させる伊助とは反対に、
池田の顔が険しくなる。
「……久々知先輩?」
「いや、その、えーっと、なぁ……?」
そわそわしながら、後ろにある焔硝蔵を見ている。そこには、ぴっちりと閉じた鉄製の扉と石造り
の蔵があるだけで、人は居ない。
だが池田は、はっと何かに気付いたような顔になった。
「……まだ寝てるんですね? そうなんですね?!」
「いや、待ってくれ三郎次! 先輩は昨日忍務で外に出ていたんだ! 大目に見てやってくれ!」
「今日は新入生が来るから何があろうと参加して下さいって云っておいたでしょうが! 大体、下関先
輩が寝っぱなしじゃ焔硝蔵が使えないじゃないですか!」
「後一刻! いや、半刻だけ!」
「駄目です! 久々知先輩がそうやって甘やかすからいけないんですよ! ……どいて下さい!」
ぐいと久々知を押しのけ、池田は焔硝蔵の扉前へと駆け寄る。あああああ……と、思わず同情した
くなるような情けない声を、久々知が上げた。
一体何事かと聞きたいが、聞ける雰囲気ではない。伊助は成り行きを見守るしかなかった。
扉の前に立った池田はすぅと息を吸い込み、片足を上げると、
「――下関先輩、起きろおおおおおおおおおおっ!」
怒鳴り声を上げ、同時に、思い切り鉄製の扉を足の裏で蹴飛ばした。
扉がぶれ、ごわんごわんと頭に響く音を上げる。思わず耳を押さえてしまうくらいの轟音だ。
「え、な、何……?」
戸惑う伊助を置いてけぼりにして、池田はがんがんと扉を蹴り続け、久々知は泣き崩れたのだった。
*** ***
「みっともない所を見せたな」
「い、いえ……」
「俺が火薬委員会委員長、六年は組の下関大治郎だ」
腕を組み、仁王立ちになって、下関は云った。
鋭い三白眼の目と鉄面皮のような無表情が、とかく印象的な男だった。親しみやすい部類ではなく、
思い切り、取っつきにくい手合いだと思わせられる。
だが、頭上にこんもりと出来あがったたんこぶが、「怖い」とか「近づきがたい」と云う印象を、ことご
とく粉砕してくれていた。
そのたんこぶを作った池田三郎次は、未だにぷりぷりと怒りながら伝票をめくっている。
「お前が師範の生徒だな?」
「師範?」
「あ、土井先生の事だよ。先輩は個人的に土井先生を師事していらっしゃるんだ」
聞き覚えのない呼称をつい反復すると、久々知がすかさず注釈を加えた。
その久々知の頭にもたんこぶがある。当然、池田が作った物だ。
「俺の火薬調合技術は師範譲りだ。二郭、気に食わない奴が居たら云え。特製の火器でふっ飛ばし
てやる」
「じゃぁそこに居る陰険な二年生ふっ飛ばして下さい」
「おいコラァッッ!」
「ほう……。今まで色々な奴に同じ事を云ってきたが、そう答えたのはお前が初めてだ。流石師範の
生徒。一味違うな」
「下関先輩! 感心してないで怒って下さいよ!」
「まぁまぁ、三郎次。先輩も初日だから手加減してあげてるんだよ」
「手加減云々以前の問題ですから!」
あー、もう! と云って、池田は頭を抱えた。どうやら、上級生二人がボケなのに対し、突っ込みは
二年生の池田だけらしい。
大変だな、と思うと同時に、振り回されてる様を見て「ざまぁ」と云う思いも浮かんだ。
「……ん、そう云えば、師範の生徒と云う事は一年は組だな?」
「えぇ、そうですけど……」
学園のトラブルメイカーである事について何か云われるのだろうか、と伊助はつい身構えてしまっ
た。
「……あいつがいるだろう」
だが下関は、少し視線をそらしながらそんな事を云った。苦言ではなかった事に、体の緊張がほぐ
れる。
「あいつ、って誰ですか?」
あいつと抽象的に云われても、一年は組は十人も居る。あいつとだけ云われても分からない。
「いつもナメ」
「だあああああああああああ―――ッッ!」
「わぁ?!」
何かを云いかけた下関の頭を、またもや池田が叩いた。先程は己の拳でだが、今回は手にしてい
た帳簿で、だ。すぱーんと軽快な音がした。
思わず悲鳴を上げてしまう。上級生が殴られると云う光景は、心臓に悪い。
「それは口外無用って約束しましたよね?! 約束しましたよね?!」
「何も泣かずとも……。ちょっと人となりを聞きたかっただけでだな……」
「駄目です! 先輩の事だからいらん天然スキル発動させていらん事云っていらん事態を招くに決まっ
てんですから!」
「酷いな三郎次」
「云いすぎだぞ三郎次! 確かに先輩は不感症で三無の王だけど、デリカシーはあるんだからな!」
「えぇっと、久々知先輩も云いすぎだと思いますけど……」
「え? そうかな?」
伊助の言葉に、きょとんとした顔をする久々知。この人も天然なのかと伊助は思った。
「とにかく! その事に関しては一切他言無用です! せっかく地味で目立たない委員会なのに、潮
江先輩に目を付けられたらどうするんですか! 面倒くさいッッ!」
「三郎次、本音がダダ漏れだ」
「本当にお前、潮江先輩の事嫌いだな〜」
けらけら笑いながら、久々知が池田の頭を撫でる。途端、撫でないで下さい! と云いながら、久々
知の腹に頭突きをかましていた。
一連の騒動を眺め、伊助が思った事は、
(おおらかな委員会なんだな〜、火薬って)
だった。
下級生が暴挙に出ようが気にしない、むしろ笑う。これを大らかと云わず、なんと云おうか。
委員会直前まで焔硝蔵で眠っているフリーダムな委員長。駄目な委員長を必死に庇っていた天然の
五年生。暴力的だが軌道修正をする突っ込み役の二年生。
よくよく考えれば、バランスが取れてる気もする。
「二郭! ほったらかしてごめん! 仕事の説明するから、こっちおいで!」
「あ、はーい」
久々知に呼ばれぱたぱたと駆け寄れば、下関には「すまんな」と謝られ、池田には「ぼさっとすんな」と
辛口をいただいた。
頭を優しく撫でられる。顔を上げれば、笑顔の久々知が居た。
「こんな委員会だけど、仕事の内容は重要だよ。これから一緒に頑張ろうな」
「……はいっ!」
云われ伊助は、大きな声で返事をした。
変な人たちだけど、悪人ではなさそうだしと心の中で呟きながら。
その後の委員会活動は、至極マトモな物だった事を追記しておく。
了
大治郎は一番最初に出来た捏造生徒の上、ほとんど変更点無しなため愛着は人一倍なのですが、実
は他の三人よりちょっとだけ動かしづらい……。
いっそ久々知と昔関係があったとかにしたらあらぬ方向に動かせそうですが、私の脳内久々知はタカ丸
さんにしか興味がないので無理でした。
執筆 2009/09/07
忍たま1年生に10のお題【配布元:Abandon】
