− 初めての○○。 〜 生物委員会のバヤイ 〜 



 生物委員会集合場所の飼育小屋付近まで来て、三治郎は同じ委員会である虎若にしがみ付いて硬直
していた。三治郎だけではない。ろ組の初島孫次郎も、初めて見るい組の生徒も、一番大きな虎若を
盾にして固まっていた。勿論、盾にされている虎若も、だ。
 一年生四人が硬直してしまうくらい、目の前に立つ仁王は、恐ろしかった。
「ようやく来やがったか、クソガキども」
 右手に鋤を持ち、頭には頭巾ではなく麦藁帽子、首には手拭いとどこぞのお百姓さんのような格好
をした六年生が、地獄の底から響いてくるような低い声で云う。それだけで三治郎たち一年生は震え
上がった。
「委員会開始時間は当の昔に過ぎてんだぞ! あ゛?! いつまで入学したての浮かれた気分でいや
がるんだッッ!」
「すすすすすすいませんんんんんっ!」
 虎若が震えながらも謝罪する。怯えるあまり声も出せない三治郎は、虎若の姿が傍から見れば情け
なく映ろうとも、声が出せるだけでも凄いと素直に尊敬した。
「……チッ。まぁいい。今日は初めてだから大目に見てやらぁ。……次やったら屋根の上から逆さに
して吊るすぞ! それが厭なら二度と遅刻すんじゃねぇッ!」
「は、はいぃぃぃぃっ!」「は、はいっ!」「……っ!」「〜〜っ!」
 今度は三治郎もなんとか声が出たが、他の二人は駄目だった。けれど、それを責めたりはしないし
笑いもしない。
 本当に怖いのだ、この六年生。格好は間抜けなのに、滲み出る威圧感が半端じゃない。正直、呼吸
すらし辛い。引き付けを起こしそうだ。
 生き物の世話をする楽しい委員会だと思っていたのに、上級生がこんなに怖いだなんて! 今から
でも遅くないから、兵太夫と交代して貰おうかとさえ思ってしまった。
「委員会活動の説明と他の委員を紹介するから、さっさと会議室入れ。生物委員会は時間との勝負だ!
だらだらしやがったらド頭(タマ)カチ割るぞミジンコ共ォッ!」
「ひゃいいぃぃぃぃぃ!」
 またもやガツンと怒鳴られて、三治郎たちは転がるように六年生が示した小さな建物――生物委員
会会議室へと向かって走った。
 なんかもう、あれだ。このノリ、凄く、あれっぽいと三治郎は涙目になりながら思った。

 *** ***

 大した距離でもないのにゼィゼィ息を荒げて会議室に入ってみれば、見知らぬ五年生と見知った三
年生が驚いた顔で一年生達を見ていた。
「あ、伊賀崎先輩!」
「伊賀崎先輩も生物委員だったんですね!」
 恐怖の大王から逃れ、入った部屋で顔見知りを見つけられた嬉しさのあまり、三治郎と虎若は上擦っ
た声で見知った三年生――伊賀崎孫兵の名を呼んだ。相変わらず毒蛇のジュンコと仲良さげな姿にホッ
としたような、別の意味で背筋が冷たくなったような、微妙な気持ちだった。
「お前ら一年は組の……」
「孫兵。話は後だ。お前ら、静かに。こっちに来てすぐ座れ。委員長がいらっしゃるぞ」
 あれが委員長。あれが、委員長?
 どんな恐ろしい委員会なんだと四人揃って顔を見合わせたが、またあんな怖い思いをするのは御免
だと慌てて五年生の呼び寄せに応じ、口を閉じたまま座った。勿論正座だ。あの仁王の前で足を崩す
なんて恐ろしい真似、とても出来そうにない。
 全員が座ったのを見計らっていたかのように、仁王――委員長が入ってきた。無言のまま上座へ向
かい、途中、五年生に麦藁帽子を投げ渡してから静かに正座した。
 その事に、少し驚く。
 てっきり、どすんと大きな音を立てて座り、胡坐でもかくのかと思っていたから。
 さっきは恐怖のあまり顔をよく見ていなかったのだが、改めてみると相当の男前だとわかった。
 太い眉毛はきりりとしていて、目付きは鷹のように鋭い。鼻筋はすぅと通っていて、薄い唇は一文
字に引き締められている。
 眉間に深い深いしわが刻まれていなければ、ため息が出るくらいの男前だ。
 ただ、三治郎の目を引いたのは顔の造詣ではなく、委員長の髪だった。
(……ちょっと、団蔵に似てる)
 量が多く、少しふんわりとしていて、それでいて力強い。馬に跨れば風に靡いてさぞ見ごたえがあ
るだろうと思う、豊かな黒髪だ。
 鷹のような目が一年生を睨み回して来たので、三治郎は気持ちを引き締めた。
「――俺が生物委員会委員長、六年ろ組の加藤千草だ」
(加藤? 団蔵と一緒だけど、偶然かな……)
「多忙の身なのでな、お前らの世話はこいつらに任せる事になっている。五年ろ組の竹谷八左ヱ門と
三年い組の伊賀崎孫兵だ。こいつらの指示をよく聞き、しっかりと生き物たちの世話をするように」
(あ、案外マトモだ……。もっと突飛な事云われるかと思った……)
「お前らが世話をするのは毒虫、毒蛇、毒蛙などの有毒生物だ。噛まれたり刺されたりすれば命に関
わる事もある。心して取り掛かるように」
「え」「え」「え」「え」
 異口同音――と云うか、一文字だけだが。一年生が同時に声を上げた。
 委員長――加藤の左眉毛が、器用に吊り上がった。
「――不服か?」
「ふふ、不服か、って!」
「い、命に関わるような生き物!」
「何で僕ら一年生が!」
「お世話するんですかぁ?!」
 加藤は確かに恐ろしいが、命に関わる生き物を世話する方がよっぽど怖い! と一年生の心が一つ
になったのか。初めてとは思えないほど、見事な台詞分けで加藤に文句が云えた。いや、そもそも、
あれほど怖かった仁王に逆らったのだ。自分たちは己が思うよりも度胸があるのかも知れない。
 と云うか、本当に何故、一年生が面倒を見るのか。そう云う危険な生き物は上級生の仕事で、一年
生は小動物の世話でもしてれば良いじゃないかと思う。
「生き物を世話するのに年齢など関係あるか。貴様らは云われた通り、黙って仕事をすればいい」
「ででで、でも、でもぉ……!」
「も、もし、噛まれたり刺されたりして、そ、それで死んじゃったら……!」
「有毒生物を世話する時は上級生が必ず付き添うから、もし噛まれたとしても大丈夫だ。生物委員は
全員、有事の際の応急処置法を学んでいるし、解毒剤や血清も会議室にある。医務室にも連れて行く
から問題ない」
「で、でも……」
「もし仮に――」
 腕を組んだ加藤が顎を上げ、見下し目線で一年生を睨む。それだけで今まで騒ぎ立てていた三治郎
たちは、かちんこちん固まってしまった。
「それで死んだとしても――それはそいつが弱い蛆虫だったと云うだけの話だ……」
「……」「……」「……」「……」
「我が生物委員会にそんな弱い蛆虫はいるかッ?!」
「い、いません!」「い、いません!」「い、いません!」「い、いません!」
「よし! それではしかと働けミジンコ共ッッ! 」
「サーイエッサー!」「サーイエッサー!」「サーイエッサー!」「サーイエッサー!」
 今日初めて集まったと云うのに、既に一年生四人の息はピタリと合っていた。加藤軍曹へと向ける
敬礼もまるで訓練したかのようにピタリと同時だった。
 それを見て、加藤軍曹は初めて笑った。ほんの小さな、唇をかすかに上げる程度の笑みだったが。
「ふん……。返事だけは一丁前(いっちょまえ)じゃねぇか。……八左、後頼んだぞ」
「はい、先輩。お気をつけて」
 五年生――竹谷に預けていた麦藁帽子を被りなおすと、加藤は肩を軽く回しながら出て行こうとし
た。
 しかしそこで、三治郎はハタと気付く。
 先輩方の紹介はしてもらったが、自分たちは名乗っていない。加藤の勢いに押されに押され、自己
紹介しなければと云う考えさえ浮かんでいなかった。
 このままだとずっとミジンコ呼ばわりされるのではと思った三治郎は、あわてて「あの!」と声を
上げた。その声に加藤が振り返り、他の委員は驚きの眼差しで三治郎を見た。
 肩越しにこちらを見る鷹の目に勢いが萎えそうになったが、ぐぅと腹に力を入れ、三治郎は大声で
云い放った。
「ぼ、僕、一年は組の夢前三治郎です! これから宜しくお願いします!」
「! あの、同じく一年は組の佐武虎若です! 宜しくお願いします!」
「い、一年い組の、か、上ノ島一平、です! お、お願いします!」
「一年ろ組、初島、孫次郎、です……! お、お世話になり、ます……!」
 三治郎を皮切りに、一年生全員がつっかえつっかえ自己紹介をした。皆精一杯の大声で、加藤の強
すぎる視線に負けないように膝の上でギュゥと拳を握って、汗を沢山流しながら云った。
 顔が真っ赤になっているのがわかる。恥ずかしいのではなく、力を入れすぎたせいだ。
 俯きたくなる気持ちを必死に抑え込みながら、三治郎はひたと加藤を見つめた。加藤もまた三治郎
たちを見ていた。
 鋭く激しい、鷹の目。
 射殺されるのではないかと思うほど強い眼差しが、静かに和らいだ。
「――……おぅ、宜しく頼むわ。頑張れよ、小僧共」
 そう云って片手を軽く一年生に向かって振りながら、今度こそ加藤委員長は会議室から出て行った。
 開け放たれたままの出入り口から見えていた加藤の背中が徐徐に遠のき、完全に消えたところで、
全員が同時にぶはぁと詰めていた息を吐いた。三治郎はついでに後ろに手を付き仰け反ったが、虎若
は逆に畳に突っ伏していた。他の委員も項垂れたり足を崩したり、思い思い体を楽にしている。
「あー。緊張した……。今年の一年生、すげーなぁ」
 膝を立て項垂れていた竹谷が、感心しているような呆れているような不思議な笑顔とともに云った。
「そうですね。に……委員長、六年生になってから益々迫力出てるのに。お前ら、誇っていいよ」
 そう云って笑ったのは伊賀崎だ。ねぇ、ジュンコも凄いと思うよねぇ、などと云いながら、とろけ
るような笑顔で毒蛇に話しかけている。
「とと……、呆けてる場合じゃないな。ほら、お前らもシャキっとしろ、シャキっと!」
 そうだった。怖い最上級生が居なくなったとは云え、まだ先輩方が居たんだと、三治郎は慌てて姿
勢を正した。他の一年生達も慌てて背筋を伸ばしている。
「さて。先ほど委員長からも紹介してもらったが、俺が竹谷八左ヱ門だ。毒生物及び小動物管理の責
任者をしてる。お前らの仕事の指導や世話なんかも俺の仕事だ。分かんない事がバンバン聞いてくれ」
 ニカっと人好きする笑顔と共に竹谷は云った。加藤と違った親しみやすい雰囲気に、一年生は小さ
くほっと息を吐く。これで五年生まで怖かったら土井に泣きついてしまうところだった。
「でも毒生物に関してなら俺より孫兵の方がよっぽど知識があるからな。毒虫たちの生態について知
りたい時はこいつを頼った方がいいぞ〜」
「先輩……」
 大きく笑いながら云う竹谷とは違い、伊賀崎は少し途惑ったような表情だった。毒のある生き物を
愛していると公表している伊賀崎とは云え、今の竹谷の言葉に頷くのは憚られたようだ。案外常識が
あるのだな、と三治郎は少しばかり失礼な事を考えた。
「俺達の基本的な仕事は毒虫の世話だ。餌やり掃除、種類によっては観察日記を付ける必要もあるし、
繁殖させなきゃいけないのもいる。まぁ細かな事は追々遣って行くとして、今日は餌やりと掃除をし
よう。危険度が高い奴らは俺と孫兵で先に済ませてあるから、安心していいぞ」
 云って竹谷はにっこりと笑ったが、危険度が低いだけで毒生物である事に変わりはないのではない
だろうか。
 そう思いもしたが、三治郎は他の一年生と一緒に「はい」と良い子の返事をした。

 *** ***

 この後、三治郎達一年生は――
 忍術学園生物委員会”迷”物「有毒生物大脱走」及び「大走査線」を経験し。
 毒虫を逃がした事で加藤鬼軍曹からしこたま叱られ。
 挙げ句、竹谷兵長が「職務怠慢」として体罰を受ける様を見るハメになった。
 その日の夜、一年生長屋では、
「もうあんな怖い委員会辞めるぅぅぅぅぅぅ!」
「泣くな上ノ島……。辞めたら辞めたで怖いぞ、絶対」
「それって逃げ場無しって事ぉ……?」
「うわぁぁぁぁん! 斜堂先生〜ッッ! 助けてぇぇぇぇぇえっ!」
 新生物委員の嘆き声が響き渡ったのだった。



 了


 ほのぼのじょろじょろ生物委員会はどこかへ吹き飛びました。←
 大丈夫。一年生は順応性高いから、すぐ慣れる。すぐ。

 よくよく考えれば。
 さんじろたんと若太夫って初期は用具委員じゃなかったか? とうっすら思い出したのですが。
 まぁ落乱ワールドって終わらないスクールディズですし!
 細かい事はキニシナイ!(おい)


 一部のギャグをどこかで見た事ある方、是非ともお友達になりましょう。(笑)
(某Q/Pのハイセンスに惚れてつい……。あのテンポ、凄く好きだ…)


 忍たま1年生に10のお題【配布元:Abandon】