竹谷八左ヱ門は気のいい男である。
 大きな声で挨拶をする様は爽やかの一言。笑う時は豪快に笑い、泣く時は目が蕩けるのではないか
と云うほど泣き、怒る時は怒髪天を突く勢いで怒る。自分の失敗は誠心誠意詫びを入れ、他人が失敗
すれば詰りもせず「次頑張れ!」と肩を叩く。困った後輩がペット(有毒)を逃がしても、厭な顔一つしな
いで探しに走る。責任感も強く、獣にも虫にも当然人間にだって愛情を注ぐ。
 そんな竹谷八左ヱ門は、先輩にも後輩にも勿論同級生にも好かれていた。気のいい男だ、清々しい
男だと愛されていた。
 ただそんな竹谷八左ヱ門にも、欠点はあるもので。
 彼を愛する者達は皆口には出さないが、「そこさえ治せばなぁ……」と苦笑いしているのだった。



 − 自論ははっきりと。



「八左アァァァァァァアッ! てんめぇ、歯ぁ食いしばれェェェェェエッッ!」
 そんな腹の底から響くような怒声の後、人間を殴打する鈍い音が聞こえ、
「へヴんっ!」
 竹谷八左ヱ門の情けない悲鳴が続いたのだった。
 級友の悲鳴を聞き、仲の良い五年生達は揃って窓から顔を出す。
「……またやってる」
「今日は何が原因なんだか……」
「八っちゃん、大丈夫かなぁ……?」
 三郎と兵助は若干呆れを含ませながら云い、人の良い雷蔵は心の底から級友を心配する言葉を出し
た。
 彼らが顔を出した窓の下では、肩を怒らせながら荒い足取りで去って行く六年生と、蹲って頬を押さえ
ている同級生の姿があった。雷蔵が「大丈夫かな、側に行った方がいいかな、どうしよう……」と迷って
いる間に、救急箱を抱えた五年生保健委員が駆け寄って行ったので、彼ら三人はそのまま静観する事
にした。
「一日一回はやってるよな、あのやり取り」
「一日に八回やられた時には、流石にハチが死ぬと思ったけど」
「千草先輩も手加減してあげればいいのにね」
「そりゃぁ無理だろ。あの先輩じゃぁ」
「でも、理不尽な横暴が少ないから、部外者が文句云う訳にも行かないんだよなぁ」
 此れが七松小平太張りに無茶で無理で理不尽な行いなら、部外者であっても文句の一つや二つ付け
に行けるのだが、加藤千草と云う男はそう云う暴力を振るう男ではないのだ。殴るのはやりすぎ、と云え
るのだが、怒る理由が正当なため云い出し辛い。
 そもそも、あの人怖いし。出来れば逆らいたくない、が彼らの本音だった。
 それでも八左ヱ門が本気で助けを求めて来たならば応えてやる気はあるのだが、当の本人に全く訴
える意思がないのである。
 三人は揃ってやれやれとため息を着きながら、眼下に居る級友らに目を向けたのだった。

 *** ***

 今日もまた酷い有様だと思いながら、五年は組の保健委員である鳴瀧晴次(なるたきはるつぎ)は
打撲に良く効く薬を救急箱から取り出し、赤黒く腫れた左の頬に塗り付ける。その際切れた口端に触
れたのか、八左ヱ門が少し眉根を寄せた。
「御免なさい、痛みましたか?」
「ん、ちょっと沁みた。悪い、気ぃ使わせて」
 こっちが手当てして貰ってるのにな、と苦笑する八左ヱ門に、気にしないでと晴次は微笑む。この遣
り取りはすっかりお馴染みであった。
「で、今日はどうしたのですか?」
「ヤマカガシが大量脱走して……」
「うひゃぁ……」
「あいつら、大人しいけど毒は強いからさ。ちゃんと全員捕まえたけど、毒を持つ生物を管理する者とし
ての自覚が足りないって怒られた」
 それを聞いて、晴次はため息を一つついた。
 丈夫な八左ヱ門が保健委員のお世話になる時、それは野外訓練後でも実戦の後でもなく、このよう
に一つ上の先輩に暴力を振るわれた時がほとんどである。
 確かに怒りの理由としては正当だ。学園で飼っている蛇の多くは有毒で、噛まれた後の処置を間違
えば命を奪ってしまう事もある。故に管理も厳しく、飼育小屋は頑丈であるはずなのだが――何故か、
この学園の毒持ち生物達はよく脱走する。
 そしてその度に、八左ヱ門は委員長に叱られるのだ。
(前、風魔の人が毒ヘビに噛まれてサソリに刺された時も酷かったですしねぇ……)
 側に居た土井の応急処置が適切であった事と、毒の特定が早かったため大事には至らなかったが、
それでも人の命を危険に晒した事に違いはなく。
 八左ヱ門と三年の伊賀崎孫兵は千草に怒髪天を突く勢いで叱られた上、八左ヱ門の方はタコ殴りに
されたのだ。孫兵が泣きながら血染めの鞠になった八左ヱ門を引き摺って医務室に来た時は、晴次も
心臓が止まるかと思ったものだ。本当に死んでるんじゃないかと思うくらい血まみれだった。
 その反面、孫兵はびんた一発で済まされていた。あれは一応、下級生だからと手加減したと云う事な
のだろうか。それでも酷く腫れ上がり、七日はマトモに食事が出来なかったようだけれど。
 流石にやりすぎだと保健委員長である善法寺伊作が抗議しに行ったが、今だに改善される気配はな
かった。
「俺もいい加減学習しなきゃなぁ」
「ハチ君のせいばっかりじゃぁないと思いますよ、僕は」
 大体あの人、委員長なのに八左ヱ門に押し付けてばかりじゃないか、とぶつぶつ云えば、おいおい
と呆れたように云われた。
「何云ってんだ。千草先輩はたったお一人で他の動物の世話をしてるんだぞ? 俺なんて孫兵たちと
一緒にやってんだ。仕事量で云うなら俺の方がずっと軽いさ」
「それは知っていますが……」
 生物委員会が面倒を見ているのは、何も毒蛇、毒蛙、毒虫だけではない。馬術用の馬や大型の実習
機材を運ばせる牛、用猿術の猿や犬、狼、鶏、伝書用の鳩と多くの生き物を世話している。此れらの動
物の世話を一手に引き受けているのが加藤千草委員長なのだ。
「それに、先輩が「虫や小動物の世話を任せてもいいか」って仰った時、やりますって云ったのは俺なん
だ。自分で云った事を守れてない俺が悪いんだよ」
「でも……」
 委員長の働きぶりは知っているし、八左ヱ門が責任感の強い男だと云う事も、晴次には分かっている。
それでも、暴力行為を肯定は出来ない。それとこれとは話が別だと思う。
 思うの、だが。
「それに……」
 うっとり。
 八左ヱ門は目を細めて、
「千草先輩の右ストレート……。今日も最高だったぁ……」
 殴られた左の頬を撫でながら、恍惚とした表情で、云った。
 その様を見て、晴次はがっくりと項垂れたのだった。
「この一発のために生きてるよ、俺」
「……そんな生きる理由、肥溜めに捨てて下さいね……?」

 *** ***

 窓から二人の様子を眺めていた三人は、揃って大きなため息をついた。
 これでも忍たま五年生、遠目からでも読唇術くらいは出来る。想像通りと云うか、いつも通りの遣り取
りを見てげんなりと項垂れた。
「ハチ、いい奴なんだけど……」
「あの性癖だけは、なんとかなんないかね……」
「あれも加藤先輩のせいだと思うけどな」

 皆に愛される竹谷八左ヱ門。
 泣く時は大いに泣き、怒る時は全開で怒り、笑う時は全力で笑う。
 責任感に溢れ、後輩を愛し、先輩を敬い、同輩と心を分かち合う、清々しい男。
 でも、それでも。
 たった一つの、その欠点だけは。

「加藤千草限定被虐趣味とか、マジ笑えねぇ……」

 皆からげんなりと、がっくりと、しょんぼりと。
 ため息を着かれるのだった。



 了


 は、はははは。すいません。(…)
 最初考えていた時点では、千草と竹谷は漫才的などつき愛だったんですけどいつの間にやら……。
 加藤千草と云うキャラを考えた時点で、生物委員会が軍隊系のノリに。
 流石に怒られると思うんですけど、楽しくてたまりません。(うぉい)

 委員会で10のお題(生物)【配布元:Abandon】様