*年齢操作。



※三郎次:六年 伊助:五年 鶴ノ丞:卒業。
 当サイトの成長伊助ちゃんは、妖艶美人の上にビッチ。三郎次はヘタレイケメン。
「成長伊助ちゃんは肝っ玉母ちゃん」派、「成長伊助ちゃんは貞淑な妻」派の方にはお勧めできません。
 別に大した事はしていませんが、恋人以外の相手とちゅーしてたりするので、お嫌いな方はブラウザ
バックで御戻り下さい。
「俺は何でも美味しく食べられるんだぜ!」と云う剛毅なお方は、ずずいとどうぞ。



 焔硝蔵の中は薄暗い。湿気対策に窓は小さめ、火気厳禁のため灯りは無い。光源は観音扉の出入
り口だけなのだが、半分閉じた状態のため普段よりさらに薄暗くなっていた。
 後輩らは一人除いて全て帰していたために、焔硝蔵の中には委員長である自分と、補佐役扱いになっ
ている伊助しかいない。
 だからなのか。
 普段より大胆な気分になった三郎次は壁際まで伊助を追い詰めた。さらには両手を伊助の背後にあ
る壁へと付き、その腕の中に自分より小さな存在を閉じ込めていた。
 光源は自分の後ろ。逆光になっている伊助からは、三郎次の表情が見えていないのかも知れない。
だが三郎次には、この五年の間に磨かれた伊助の美貌が善く見えていた。多少の薄暗さなど、夜目を
鍛えた三郎次にとっては障害にならない。
 伊助の事は、彼が一年生の頃から知っている。自分と同じく初年から火薬委員会に所属していた伊
助は当初、ちんちくりんでころころと丸い体をしており、先輩方から「可愛い可愛い」と云われ愛されて
いた。
 そう、とても、可愛かった。小動物的な愛らしさと云って良い。子供好きならば構い倒したくなるような
愛らしさ。
 当時同じく幼かった三郎次はそう感じる事は無かったが、今になって思い出してみれば、先輩方が
目に入れても痛くないとばかりに愛し慈しみ構い倒していた気持ちも理解出来る。
 当然、三郎次も同じように愛されていたのだが――伊助と違い素直では無かった三郎次は、それら
の愛情を上手に受け入れる事が出来ず、反発ばかりしていた。今思えば、申し訳ない事をしたものだ。
素直に応えて、可愛がられていれば良かった。
 そうすれば、今の伊助のように、愛されて当然と云う容姿になれていたかも知れない。
 愛情をたんまり受け、素直に吸収し成長した伊助は、幼い頃の愛らしさをどこかに忘れて来たらし
い。成長するにすれ、愛らしさは美しさへと変化して行った。
 かつての委員長に愛されたふくふくした頬は、肉は少々落ちたがそれでも柔らかく、女性的な丸み
を帯びている。
 豆腐好きの先輩に愛されたくりくりの目は、いつの間にか睫毛に彩られ、不思議な色気を醸し出す
ようになった。
 頭髪愛好家の先輩に手入れされた黒髪は、サラストランキング三位に入るすべらかさと、絹のよう
な輝き、そして羽のような柔らかさを持つ。
 十人の人間に聞けば十人が「美しい」と答えるだろう美が、有り得ない美が、そこにはあった。いっ
そ、寒気すら覚えるような魔性の美は、伊助が愛した、けれど三郎次は憎むあの人を連想させた。
 とうの昔に卒業した、美しい人。
 どこまでも男を感じさせず、かと云って女と呼ぶには違和感があった彼の人。三郎次は当時、いや、
今でも、あの人を「人間」とは思えなかった。
 まるで嘘のように美しくて、それとは裏腹に残虐で酷薄で無情な中身が恐ろしく。妖(あやかし)や
物の怪のように感じていた。人ではなく妖怪と云われた方が納得が行く、そんな人だった。
 だからそんな人が――目の前の伊助と愛し合っている現実など、悪夢以外の何物でもない。ない、
はずなのに、三郎次はこの五年余り、ただ見ているだけで過ごしてしまった。どうせ、駄目になると
決めつけていたのだ。
 あんな化け物が人を真っ当に愛せるものかと。どうせ壊れてしまうだろうと。伊助もすぐに目を覚
ますに違いないと決めつけて、思い込んで、勘違いし続けた結果が――
 目の前の、美しい生き物だ。
 そうだ。伊助のこの美しさは、かつての先輩らが生み出した愛情の結果ではなく、あの化け物が
浸食し続けた結果だ。
 あのまま。あのまま成長していれば、伊助は愛らしいまま大人になれたはずなのだ。ふんわりと
柔らかな笑顔で他人に安堵の感情を与え、見る者の心に穏やかな気持ちをもたらず、そんな愛ら
しい存在に成長出来たはずなのに。
 この、美貌は、間違いなく、あの化け物のせいなのだ。ふとした瞬間に怖気さえも与えて来る美貌
は、あの化け物の毒が蔓延した証拠だ。
 もっと早く気付いていれば、もっと早く伊助を諭していれば――
 いや、そうではない。三郎次が望んだのは、健やかな伊助の成長ではない。そんなものは建前の
偽善だ。
 三郎次が、真実欲したものは。
「三郎次先輩」
 昔と変わらない呼び名を、美しい声が紡いだ。数多の男を堕とし、幾多の女を狂わせた声音は、
下腹部に重く響く。
「私に、何をお求めなのですか?」
 唇が柔らかな弧を描き、目が細くなる。妖艶とも云える微笑は、幼き頃の伊助ならば決してしなかっ
た忌むべき物だった。
 けれど三郎次は、その色香に惑わされる。惑わされるまま、誘われるように、三郎次は弧を描い
たままの唇へ己の物を重ねた。最初は触れるだけ、徐々に強く押し付けて、薄く開いた隙間から舌
を差し入れても、伊助からの抵抗は無かった。それどころか、積極的に舌を絡ませて来た事に、身
勝手ながら泣きそうになった。
 昔の、伊助ならば。すぐに三郎次の体を突き飛ばした。それから自分の口を押さえて、顔を真っ赤
に染めて、涙目になって、それで。三郎次を睨みつけて、怒って、泣いて、逃げる。
 それが、三郎次にとっての伊助だったと云うのに。
 するりと極自然に背中へ回された腕を感じ取り、三郎次はそっと伊助から距離を取った。引き剥が
した訳でも無い、ただ、離れた。
 伊助は変わらない。今の口吸いに感じて頬を染めている事もなく、喜びも無く、嘆きも無く、そこに
ただ、美しいまま立っている。
 恋人――いや、最早”家内”と呼ぶべき人以外と口吸いをしたと云うのに、普段と変わらないまま。
 そして、笑う。
「唇でも体でも言葉でも、欲しいのでしたら差し出してあげても良いのですが」
 笑う。ただ、笑う。
 嘲ってもいない、詰ってもいない。逆に慈しんでもいなければ、愛してもいない。
 ただの笑顔が、そこにある。
「心はあげられませんよ? 三郎次先輩」
 次に浮かべられた笑顔は、愛しい存在を想うもの。柔らかく、甘やかで、狂おしくも、優しい。
 まるで異国の聖母のような笑みは、あの化け物へ捧げられたもの。
「……いらねぇよ。あの人のお下がりなんてな」
 癖のように悪態をつけば、伊助は楽しそうに笑った。それだけが、変わらない。同じ組の連中と一
緒に居る時のような、楽しい笑顔だけは幼い頃のままで。
 三郎次はあの頃の伊助が欲しかった。
 愛らしくて、馬鹿で、可愛くて、素直で、色気のかけらもないような、純真無垢な真っ白の塊が欲し
かった。
 それに気付いた時にはもう遅く、目の前には美しい生き物がいるだけだ。後悔先に立たずとはよ
く云ったものだと、三郎次は自嘲を浮かべる。
 色恋沙汰を勝負とするならば、三郎次は当の昔に負けていた。伊助があの人を愛したばかりの頃
ならば、勝ち目もあっただろうに、自ら見逃してしまったのだからどうしようもない。
 そうだ、負けている。この勝負はもう、完全敗北だ。
 何故ならば三郎次は、今でも、伊助を愛しく思っているのだ。
 昔の面影は無く、あの人の毒に汚染されきった伊助であっても、愛しいと思っているのだから。取
り戻したいと思う事はなく、ただ昔を懐かしみ、懐旧の思いにとらわれても、結局目の前の存在を愛
しいと思うのだから。
 これは、三郎次の負けだ。戦わずして負けるなど、なんて惨めな事なのか。
 泣きたくなった三郎次は、伊助を抱き寄せた。両の手で縛るように抱きしめて、肩に顔を埋めたの
だけれど、涙は結局出てこない。惨めなら惨めなりに泣いてやろうと思っていたのだが、何とも格好
の付かない話ではないか。
 言葉も無く涙も無く、ただ抱きしめるだけの行為に意味は無かったのだけれど。ふんわりと薫った
伊助の匂いを胸一杯に吸い込んだ三郎次は、変態くさいなぁと笑って。
 幼い恋の終わりを実感し、畜生あの人呪われろ事故で死ね、と惨めな事を思った。



 − 勝てば官軍、負ければ仕舞い。



 了


 執筆 2010/04/07