【こんな一幕】(年齢操作。1のは→6のは設定)


「のびたね〜」
「? 何が?」
 卒業を間近に控えた夜のこと、同室の喜三太がそんな言葉をかけてき
た。端的すぎるそれに、金吾にしてみれば首を傾げたくなるのも無理は
なく。
「髪の毛だよぉ。きれーにのびたよねぇ」
 あぁ、そういうことかと金吾は納得する。ちょうど今、就寝前に髪を
梳いているところであったから。それを眺めてさっきの台詞になったの
だと。
 確かに、のびた。何せ一年の頃からほとんど切っていないのだ。三年
の時に一度ばっさり切ったくらいだ。理由は、きり丸の学費のため。金
吾の髪は手入れが結構行き届いているので──何せタカ丸がここぞとば
かりに手入れをしてくれていたのだ。練習台も兼ねていたが──量も長
さもそれなりにあるから、そこそこの値段で売れるだろうと自己提案。
きり丸は本気で固持したが、冗談抜きにバイト代だけでまかなえない状
況だったのだ。
『金吾! お前、おれに施そうってか!?』
『誰が施しなんて真似するか! お前に対してそんな侮辱するわけない
だろ!』
『じゃあ何でずっとのばしてた髪切ろうとすんだよ! 誰かに髪のばす
約束してたんじゃなかったのか?』
『そんなものはない! てかどうしてそんな単語が出てくるんだ。第
一、髪なんていつ切ろうが構わないけど、学費は今必要だろう。微々た
る足しかもしれないけど、友人のために惜しむものなんかない。それ
に、あるものは何でも使うのが忍者だろう。だから使え』
 は組の面々が固唾を呑んで見守る中、きり丸が折れた次の瞬間には、
伊助に頼んで切ってもらっていた。自分でやってもよかったが、少しで
も売価を考えるならできるだけ丁寧に切った方がいいと思ったからだ。
そして金吾を皮切りに、他の髪を伸ばしていた面子もザクザク切り出し
た。これには金吾も驚いたが。
 質も量も十分すぎたそれらは結構イイ値で売れ、後にタカ丸に悲鳴を
上げさせ涙ぐまれた。いや、マジ泣き寸前の有様だった。
 それ以降は、せいぜいが毛先をそろえる程度で、極端に長さが変わっ
たことはない。
「切っちゃうの?」
「なんで?」
 喜三太の話運びは唐突だ。さすがに六年も一緒にいれば慣れるが。
「金吾は、卒業したらお家継ぐんでしょう?」
「……あぁ、継ぐけど……すぐじゃないよ」
「はにゃ? そうなの?」
「父上がまだまだ現役だし、私自身も未熟とは言わないけれど修行不足
だと思うしね。だから、卒業後はしばらく武者修行かなぁ」
 継ぐまでは、切らないつもり。
 金吾の返答に、喜三太は「ふぅ〜ん」と眠そうな声。
 金吾は苦笑を浮かべ、
「ほら、もう寝よう」
「はぁ〜い」
 まるで兄弟のような関係だ。いや、兄妹かもしれない。なんという
か、学年が上がるごとに、喜三太はそっち方面に本当にもてるように
なってしまった。──ナメクジという壁は予想以上に分厚いようだが。
「……金吾ぉ、あのねぇ」
「ん?」
 半分眠っていると思われる舌っ足らずさで、喜三太は特大の宝禄火矢
を投げつけた。
「卒業式、きっと先輩たちが来ると思うから、頑張って逃げてねぇ」
「!?」
 一瞬で血の気が引いた。かつての卒業式で起きた諸々が脳裏を爆走す
る。今際[いまわ]の際[きわ]の走馬燈にはまだ早いが心境的には似
たようなものだ。
 滝夜叉丸と四郎兵衛の卒業式はまともだった。普通だった。あの二人
は自分をかわいがってくれたから、寂しいと素直に思えた。しかし、小
平太が卒業したときと、三之助が卒業したときの騒動は、ちょっと本気
で記憶から抹消したいのだが、抹消したらしたでロクでもないことに繋
がりそうでいまだに頭の中に居座っている。
 考えてみたら、は組は上級生に愛されている者が多かった。いや、現
在進行形で愛されている。基本的には委員会繋がりで、先輩後輩の枠に
納まった可愛がられ方だ。例外もいるけれども。
 金吾の場合は先輩後輩なんて関係ない愛され方をされた。滝夜叉丸と
四郎兵衛がいなかったら悲惨を通り越して無惨なことになっていたに違
いない。
 血の気の失せた顔色のまま喜三太を見遣れば、気持ちよさそうに眠り
に落ちている。呑気な寝顔が心底憎たらしく感じたのは誰にも言うまい。


 ──髪、のばさないのか?
 最初にそう訊いてきたのは小平太だった。
 ──金吾の髪、のばしたらきっと綺麗だよな。見てみたいぞ。


 小平太が卒業するまでにのびた量なんて微々たるものだ。だから、長
髪と呼べるまでのびた金吾の髪を彼が見たことは一度もない。卒業して
から会ったことがないわけではないけれど、最後に会ったのはちょうど
髪をばっさり切ったあの直後だった。間の悪いことである。どちらのっ
て、金吾のだ。あの後、事情を知って盛大に拗ねた小平太に抱き潰され
た。金吾も、断髪自体に後悔はないが、なんとなく罪悪感をもってし
まったのがまずかった。おとなしくしていたら調子に乗らせてしまった
のだ。おかげで三日間動けなくなって、は組の面々から心底同情の視線
を浴びた。あの兵太夫ですらからかうよりも先に憐れんだってどんだけ
だ。いたたまれないにも程がある。
 あれ以降、小平太は姿を見せない。拗ねてるのが尾を引いているのか
と思ったのだが、時折学園を訪れるかつての最上級生たちからの情報だ
と、単純に忙しいらしい。納得できるほどに、確かに小平太が強いこと
を金吾も知っている。身を以て。
 卒業まで会わなくなるとは、さすがに思わなかったけれども。
 正しくは卒業間近というべきか、ともあれ、結構な長期間だ。
 ──なんか、本当に怖いんだけど……。
 自分を忘れてくれているならまだいい──ありえないと知っているけ
れど、所帯を持ったというならそれもまたよしとする。しかし、だ。
 卒業式に乱入されたらどうしよう。もうその一事に尽きる。いけどん
暴君の名は伊達じゃない。卒業式の日程を知らないだろうなんてことも
思わない。そんな甘すぎる期待はしない。
 卒業式ぶち壊すなんてまね、さすがに先輩でもしないだろうけれ
ど……想像がシャレにならなすぎた。


 ──翌朝、現実に成り得そうな想像の恐怖に一睡もできなかった金吾
の顔色と目の下の隈に、喜三太が奇声をあげた。
「金吾(のきれーな顔)が潮江先輩(みたいな隈)に侵されるなんて
嫌ー!!」なんて叫び声は全力で聞かなかったことにしたい。言葉を端
折[はしょ]りすぎだ、喜三太。


 〜了〜

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香雅竜月


 竜月さんから頂きました! 誠に有難うございます。(平伏)
 金吾のサラスト設定にはぁはぁしつつ、七松と次屋がどんな騒動を起こしたのか想像してにやにやしてます。(そりゃキモい)
 愛され金吾万歳! 妄想を掻き立てられる素敵な小説を有難うございました!