とにもかくにも彼は、
「あー、まぁしばらく世話になるわ、よろしくー。ったく、こっち寒いよなー、マジで。俺んちも寒いけど
こっちの寒さは比じゃねぇな! 暖炉にもっと薪くべろ! 凍死するっつの! てか包帯の換えねぇ?
血と膿でメチャぐろいんだって蛆湧くぜこれ! まー戦場だと蛆なんて当然だけどせっかく屋根ある
家の中なのに蛆とかマジ最悪じゃん? あー、つかヴェストどうしてっかなヴェストー。俺がいなくて
もメシ食ってるかなー、怪我大丈夫かなー、まぁオレの自慢の弟だから? そう簡単にはくたばりゃ
しねぇってわかってっけどさぁ? やっぱ素敵に無敵な優しいお兄様のオレとしては超心配? みた
いなー。つかマジ寒い。寒っ! お前オレの湯たんぽになれ!」
物凄く―――不遜だった。
− もっともあおにちかく。
イヴァンは目の前で鼻歌を歌いながら造花を器用に作るギルベルト――オストを前に、思い悩ん
でいた。
首をこてんと傾げ、ジィと見つめる。
彼は、いつだって楽しそうにしていた。鼻歌を歌い、声を上げて笑い、大声で話す。他の皆がビク
ビクしてイヴァンの顔色を伺うのに、オストはあっけらかんとして好き勝手に動いていた。勿論、仕
事はきちんとこなしているし、こちらの要求にだって文句を云いつつ応える。たまに反抗して来る事
もあったが、拷問まがいの折檻をしても、次の日になればまたけろりと歩き回っている。
昔はそうじゃなかった。他の国と同じく、彼はイヴァンに怯え、関わりを拒絶していた。
それが何故、今更になってこんな風に強かになったのだろう。
彼の深い所がわかるほど、イヴァンはオストと関わっていない。だからこの疑問は口に出さなけ
れば解決出来ない。
けれど、楽しげに内職をしているオストに声を掛ける事が、何故かイヴァンには出来なかった。
出来なくて、また小首を傾げる。
イヴァンの家にいるものたちはみんなイヴァンの物だ。だからイヴァンがどうしようと誰に咎めら
れる訳でもない。内職をしているところを邪魔しようが、鼻歌を中断させようが、――笑顔を消そう
が、イヴァンの自由なはず、なのだ。
なのに出来なくて、小首を傾げる。
オストは基本的に、イヴァンの相手をしてくれない。こちらから声を掛けない限り、自分の好き勝
手に動いている。たとえ目の前にいようと、隣を歩いていようと、組み伏せようと、イヴァンから言
葉を発さない限りなんの反応もくれないのだ。
思い出して、ムッと下唇を尖らせた。それから急に、悩んでいるのが馬鹿らしくなってねぇ、と小
さく声をかける。
途端、
「あ゛?」
鼻歌を止め、造花を作る手を止め、笑顔を消し、目付きも悪くイヴァンアを睨みつけてくるオスト。
なんだってこう、ガラが悪いんだろうとまた首を傾げる。
「なんだよ、俺に声かけたんじゃねぇのか?」
「あ、うん。声、かけたよ」
「で、用件は」
こっちは忙しいんだから早くしろコラ、とでも言いたげな顔。こてんと、小首をまた傾げる。
「オストくんは、僕の事怖くないの?」
「怖くねぇよ」
即答された。
自分の全てを支配しているイヴァンが怖くないなんて事、有り得るのだろうか。それとも彼お得
意の虚勢か。もしくは、もっと――イヴァンより怖いものがあるのか。
「お前は一人が寂しい怖いっつって泣いてる只の我が侭なガキだからな」
はん、と鼻で笑い、片手で出来かけの造花を弄びながら「聞きたい事はそれだけか?」と云う。
なんて酷い言い草。北の超大国に向かって。
むぅ、と頬を膨らませれば、「雪だるまみてー」とケタケタ笑われた。
「じゃぁ、僕のこときらい?」
「だいきらーい」
また即答された。
けせせせせと意味の分からない笑い声を上げながら。なんとも無情に。
「お前なんて好きなわきゃねぇだろ。俺の大事な大事な可愛いヴェストから引き離しやがって。あー、
帰りたい帰りたい。お坊ちゃんの面見るのはいやだけど、俺の可愛いヴェストの可愛い顔が見たい」
「可愛い……?」
オストは事ある毎にヴェストの名を出す。名前と共に「可愛い」と云う形容詞も連発させる。さらには、
「俺の」と所有権まで強調する。
イヴァンから見てヴェストは可愛くは見えない。性格は――扱いやすそうで――可愛いが、外見は
カッコいいに属するものだと思う。
「可愛いに決まってんだろ。あいつは、俺の親戚で、弟で、息子だぞ」
「あ、そっか」
当たり前の事を失念していた。
「ルートヴィッヒくんは君が育てたんだったね」
それはもう、涙無しでは語れない、情熱と執念と愛を持って、かの大国プロイセンはドイツを生み育
て上げたのだ。自分の力が衰える事を気にも留めず、自国の文化が侵食され、消えて行くのを微笑
みながら見守っていた。
悪友のフランシス、アントーニョが消えてもいいのかと彼に喚きたて、「別にいい。ドイツの糧になれ
るなら本望だ」と穏やかに云われ絶句した、なんて話も聞いた。
あの暴れん坊が。軍事大国が。狡猾に立ち回り、自国の繁栄に全てをかけていた国が。穏やかに、
自分の「死」を受け入れて、笑った。
ならば彼は、何も怖くはないのだろう。生きる上で最も大きな恐怖、「死」さえ笑って受け入れられ
たギルベルトならば、イヴァンとて恐ろしくはないのだ。
「…ね、オストくん」
「なんだよ。まだ続くのか? 話なげーよお前」
「僕、君の半身になりたいな」
「そりゃ無理だ」
三度目の即答。
「俺の半身はヴェストだけだからな」
一度は消える運命にあったギルベルト。それを引き止めたのは、他の誰でもない、彼を喰らい尽
くさんとしていたルートヴィッヒだった。せっかく育ててもらった大きな体を、半分に分けて。西半分
を自分に、東半分をギルベルトに与えて、ヴェストとオストになった。
国土を分け合った二人。半身。対。
自分には、いない存在。
(欲しい、なぁ…)
離れていかない存在。離れていても、絶たれない絆。
どんなに遠くにあっても、自分を想い、愛してくれる半身。
「無いものねだりだな」
「…僕の心読まないでよ」
ぐすんと泣きまねをしながら机にうつ伏せたイヴァンの頭を、よしよしとオストが撫でる。
嫌いだと云いながら、こうやって優しい事をしてくれるから、イヴァンはどれだけつれなくされても
オストが好きなのだ。
*** ***
「そうだ。いっそ飛び地扱いに…!」
「ギャー! よせやめろ! これ以上俺とヴェストを引き離すな!」
「だってそうなったら僕の半身に!」
「面積が小さすぎるっつーんじゃボケー! 半身にならねぇよ!」
「突っ込みどころはそこじゃないような気が…」
「……おのれオスト…」
「ヒィ! 物騒なものはしまってよナターリャ!」
了
ギルベルト「兄さん」呼び万歳! さすが御大……。読者の期待を裏切らない!
個人的には「父さん」呼びも捨てがたかったですが、公式に勝る萌えなし!
ヤンチャで手のかかる兄と生真面目で融通の利かない弟の組み合わせって最強ですね。
加筆修正 09/05/27
