− 俺の本気、見てみるか!


 真っ先に異変に気付いたのはヒルマだった。止まれと鋭く一行を制止し、じっと前方に小さく見え
るカイツール軍港を見つめている。ウンスイもまたジィと同じ方向を見つめた。
「……何だ? 様子が……」
「あぁ。……何か起こってやがるな」
「え?! み、見えるのかよ……?」
 カイツール軍港に何か見ているらしいヒルマとウンスイが呟き合うのを、ルークが驚いて問いかけ
た。彼の目にはまだ、カイツールは米粒程度の大きさにしか見えない。
「ヒルマさんもウンスイさんも、視力が凄く良いんですよ」
「望遠鏡要らずだからな、こいつら」
「ヒルマぁ、ウンスイ君も。何が見えるの?」
 セナとムサシがルークの質問に答え、クリタが二人へとさらに問いかける。ヒルマは大きく目を見
開き、それとは対照的にウンスイは目を凝らした。
 そわそわし出したイオンの肩を、アゴンが掴む。驚いて見上げてくるイオンに、「大人しくしてろ」
と云い、己の兄を睨む。あらゆる事で兄に勝っているアゴンだが、視力においてはウンスイが上な
のだ。
 この一行の頭脳と云ってよいヒルマとウンスイが黙り込みカイツール軍港方面を注視する中、「デ
ビルバッツ」は黙ってリーダーの言葉を待ち、ガイとアゴンは二人を無言で見つめ、ルークとイオン
はそわそわしながらもやはり黙っていた。
 彼らの集中を邪魔するような事はしない。二人が様子を見、おかしいと云う以上軽率な行動は控
えて当たり前であり、口を出すなど持っての外だ。彼らの言葉を待ち、それから口を出すか行動を
開始して当たり前であると云うのに。
「……ねぇ、いつまで立ち止まっている気なの? こんな所から見ていたって無駄じゃない」
「そうですよぉ〜。ティアの云う通りですぅ。早く行きましょうよー。ねぇイオン様ぁ」
「まぁ、その方が建設的でしょうね。時間の無駄は極力控えるべきです」
 やはりと云うか。
 エセ軍人達――ガイ命名――にはわからないようだ。
 そもそも、何故響長如きが――部署が違うとは云え――教団に置いては詠師職に相当する「ナー
ガ」特級の行動に口を出すのか。導師護衛役如きが導師イオンに向かって動けと云うのか。
 まぁ皇帝名代が口出しするのはわかるが、軍に身を置く者、しかも佐官として、要人がいるにも関
わらず軽率な行動を促す言動を取るとは何事だろうか。
「……」「……」「……」
 もはや諦めている「デビルバッツ」は無言を貫き、
「……」「……」
 こいつら殺したい、と素で思ってしまっているガイとアゴンもまた無言であった。
「そうかぁ? だってこいつらが変だって云ってんだから、様子見くらいした方がいいんじゃねぇの?」
 律儀なのかお人好しなのか。他の面々が黙殺した三人の言葉に対し、ルークは至極真っ当な言葉
をくれてやっていた。
 その言葉は投げやりなように思えて、慎重で、尚且つヒルマとウンスイを信頼している事が如実に
表れている言葉だった。
 その事にガイが「ちょっと見ないうちに立派になって……!」と拳を握り感動していたが、次の言葉
を聞いた瞬間、心を震わす感動は吹っ飛んでしまった。
「何も知らない人は黙ってて」
 ピキン。何度目かになる空気の氷結が起きた。
 それに気付いたジェイドは直ぐに口を閉じ、いつでも離脱出来るように片足を後方へかすかに下げ
た。一応、学習能力はあるらしい。
 しかしそれとは逆に何も学習していないらしいアニスは、にやにや笑いを隠しもしない。ティアの云う
通りお坊ちゃまは黙ってればいいの、とその顔は語っていた。
 カァッとルークの顔が赤くなった。今回は彼にも、空気の氷結がわからなかったらしい。思わずと云っ
た体で「デビルバッツ」の囲みから身を乗り出してティアに噛み付いた。
「っんだと!」
「本当の事じゃない。皆に守ってもらってる貴方が、偉そうに口出ししないで欲しいわ」
 子供の癇癪だとティアは高を括っていた。
 本当に――本当に学習能力が、ない。そもそも理解力がない。あれほどヒルマが、王族の貴さとそ
れに従うのが軍人のあり方だと”世間の常識”を口が曲がりそうになるのを耐えながら云ってやったと
云うのに。
 響長風情が、王族に何様のつもりなのか。口出しするなと云うならまずお前が黙れ無礼者と、ヒル
マは額を押さえて思い、いっそこの場で射殺しようかと思ったが。
 ガイを見て、その思いを押しとどめた。
「……ヨウイチ」
「……任せろ」
 阿吽の呼吸とはこの事か。会ってまだ数週間しか経たないが、ヨウイチとガイは目と目で会話をし、
一言だけで意思疎通が可能になっていた。
 ヒルマがウンスイに一瞥やって、さらに「デビルバッツ」にも視線をやる。それを見たガイは、素早く
剣を鞘から引き抜いて、

「―――俺の本気、見てみるか!」

 オーバーリミッツ、した。
 物凄く景気良く、音素が爆発した。
 その瞬間、カイツール軍港とは逆の方へ向かって「デビルバッツ」はルークを連れ、「ナーガ」はイオ
ンを連れて走り出し、ついでにジェイドも同じ方向へ駆け出した。
 突拍子も無い――彼女らにとってだけだが――周囲の行動に、ティアとアニスは唖然とした。
「な、いきなり何よぉ?!」
「まさか敵襲……!」
 目の前のガイにではなく、周囲へ警戒を走らせる彼女らは滑稽だ。何故そこまで無条件に自分たち
の身の安全を――同行者達に攻撃される事はないのだと思い込めるのだろうか。
 ガイはニッコリと笑い、剣を構えた。

 *** ***

 数十メートルほど離れた場所から。
 ルーク達は、気高き紅蓮の炎を纏った鳳凰が、天高く舞い上がるのを見た。
「あああああれってガイ……?!」
「景気良くやったな」
「……大丈夫かなぁ?」
「殺しちゃいねぇだろ」
「そんな馬鹿な人じゃないですもんね、ガイさんは」
「ア、アニス……」
「イオン様、ご辛抱を」
「殺したって死にゃぁしねぇよ、あのカス護衛は」
 鳳凰を見上げながらほのぼのと交わされた物騒な会話を聞き、ジェイドは。
(……君子危うきに近寄らず……口は災いの元……)
 そんなことわざを口の中で呟いていたのだった。



 了


 加筆修正 2009/08/23