− 守護神龍。
アゴンが整備士を殴り飛ばした。流石に手加減はしたようだが、整備士はゆうに二メートルは吹っ
飛び地面に落ちた。
「えっ……?!」
「な、っ……! 貴方、いきなり何て事を?! 軍人が民間人を殴るだなんて!」
「アゴン様! いくらなんでも酷いですよ! 殴らなくても……!」
「やれやれ……。「ナーガ」の僧兵は乱暴ですねぇ。育ちが知れますよ」
何故アゴンが整備士を殴り飛ばしたか――それがわからないルークは息を飲み、ティアとアニス、
ジェイドはアゴンを声高に責めた。
しかしアゴンは何の反応もしない。ただ、整備士たちを睨みつけている。
「アゴン?! 一体何を……!」
「イオン様、なりません」
只でさえ白い顔をさらに白くして、アゴンを止めようとイオンが前に出た。しかし其れを止めたのは、
普段なら一番最初にアゴンの暴挙を止めるウンスイだった。
「ウンスイ……? 何故……」
イオンは困惑する。何故とめるのかと。
だがウンスイは静かにイオンを見つめ、それから自身の弟へと視線を移した。
「アゴン、後が面倒だ。殺すなよ」
「あ゛ー。保障はしねぇな。今キレてっからよ」
「ひっ……!」
恐ろしい会話を交わしたコンゴウ兄弟へ恐怖も顕に、整備士たちは後ずさりした。逃げようとする
一人の胸倉を掴み、アゴンは問答無用で持ち上げた。成人男性一人を片手で持ち上げるその腕力
に、ガイも思わず息を飲む。
アゴンの暴挙に、女軍人たちが騒然となる。それとは対照的に、「デビルバッツ」は落ち着いた顔
でルークの周囲を固めていた。クリタとセナはこの殺伐とした空気に少しおろついていたが、それだ
けだ。己の任務を果たしている。
「アゴン様何して……!」
「黙れタトリン。本来ならお前も処断されているところだ」
「え……?」
言葉の意味をわかっていないアニスが、きょとんとする。それを横目に、ウンスイは深くため息を
つく。
「おい、てめぇら」
「ひ、……っ」
「今、なんて云った?」
「え、あ……」
「導師イオンに向かってなんて云ったかって聞いてんだよ!」
凄むアゴンの放つ殺気に、只の整備士たちはただ竦むしかない。自分たちの何かが、この男の
逆鱗にふれた事はわかるのだが何が悪かったのかがわからないのだ。だが、アゴンの殺気が本
物だと理解していた整備士たちはまだマシだった。
「彼らは上司の救出を求めただけじゃない! 褒められこそすれ、責める必要がどこに……!」
それに気付かなかったティアが、身の程知らずに口を挟んだ。その結果は勿論、
「黙ってろカス女が! 殺されてぇのか!」
殺気立ったアゴンに殴り飛ばされて終わりだった。整備士同様吹っ飛ばされた彼女は、壁に激
突して蹲った。ルークが駆け寄ろうとしてガイに止められたが、アニスは悲鳴をあげて駆け寄った。
「おい、カスども。てめぇらがどんな罪犯したか、優しく教えてやるよ」
「あ、う、あ……」
「云ったなぁお前ら。導師イオンに向かって隊長を助けてくれってよ。『六神将妖獣のアリエッタ』が
待ち構え、他にどんな危険があるかもわからない場所へ行ってくれってな」
「……あ、あ……」
「――ふざけんじゃねぇぞ、カス」
「ひぃっ!」
持ち上げられている整備士が恐怖からもがく。今にも首を圧し折られて殺されるかも知れない。
他の整備士たちはこの男を止めてくれ、仲間を助けてくれとイオンたちに目で訴えるが、それに応
える者はいなかった。
「てめぇらカス如きが。導師イオンよりたかだか整備士の命の方が大切だっつったんだぞ。あぁ、て
めぇらカスが大切に思う相手が誰かなんて、俺には関係ねぇ。好きに思ってろ。だがな、俺ら「ナー
ガ」の前で導師イオンの命を軽んじる言動をするってんなら――当然、殺される事くらい覚悟済み
だよなぁ?!」
「ひ、ぎっ……!」
胸倉を掴んでいたはずの手が、いつの間にか首に回っている。イオンは息を飲み、自分の前に
立つウンスイへ縋りついた。
「ウンスイ! ウンスイ、お願いですっ! アゴンを止めてください!」
「出来ません」
「ウンスイ!」
「彼らはイオン様とルーク様のお命を軽んじた。――我ら「ナーガ」の誇りはイオン様の御身そのも
の。貴方様のお命を軽んじるのは、我らへの侮辱。捨て置けば我らの矜持に傷がつく。許す訳に
は参りません」
「僕の事なんてどうでも――」
「貴方様の御身を軽んじる事。それは即ち、我らの存在意義も失わせる。――決して口にしてはな
らない言葉です。ご理解を、イオン様」
それでもイオンは、救いを求めるようにウンスイを見上げた。アゴンに首を絞められている男は、
白目をむきかけている。放っておけば――殺されてしまう!
その様をルークたちは顔色を青くし黙して見ている。ジェイドとヒルマは何も感じていないような顔
だった。誰も、整備士を助けくれない。アゴンを止めてくれない。
「――ウンスイっ!」
悲痛な声をイオンが上げた。今にも泣き出しそうな顔を見て、ウンスイがついに折れた。
「……ならばご命令を、イオン様」
「――っ」
その言葉に、イオンは息を飲み硬直した。ジェイドが不思議そうな目を向けるが、イオンは気付い
ていないようだ。ウンスイの法衣を握り締める手に力を込める。
「我ら僧兵部隊「ナーガ」は、イオン様のご命令のみに従います。アゴンに「整備士を放せ」とご命令
下さい」
「あ……僕、は……そんな……」
「アゴンに無理でしたならば、俺に。「アゴンを整備士から引き離せ」とご命令いただければ、奴を殺
してでも引き離します」
「……っ」
イオンは両手で口元を押さえ、思いあぐねていた。
上が下に命令を下す。それは当然の事だ。迷うような行為ではない。それなのにイオンは迷ってい
る。顔面を蒼白させ、今にも嘔吐せんばかりに顔を歪めていた。
ジェイドはますます怪訝な顔になってイオンを見つめた。それとは対照的にヒルマは、いやに落ち
着いた顔をして――まるでイオンを試しているような目で見つめている。
イオンが迷っているうちに、どんどん整備士は弱っていく。後何秒ともたず、落ちるだろう。
「い、イオン……」
震えた声でルークが呼ぶ。教団の事に口出ししてはいけないとガイに止められたが、目の前で人
の命が失われるのを大人しく見てる事など出来ない。どうやら、怒り狂うアゴンを抑えられるのはイ
オンだけなのだとルークも理解しているらしく、その目はイオンに縋るようだった。
イオンは肩越しにルークを振り返って一目その姿を見ると、意を決したようにアゴンを見据えた。
「――アゴン!」
呼ばれ、アゴンもまた肩越しにイオンを見た。イオンは、震えている。身体全体が、小さく震えてい
た。
それでもアゴンから目を離さず、云った。
「命令、っです! その人から手を、離し、なさいっ――!」
云った瞬間。
怒り狂った様が嘘だったように、アゴンはあっさりと整備士から手を離した。
どしゃりと重たい音を立てて整備士が落下する。地面に倒れたまま、整備士は大きく咳き込んだ。
――生きている。
それに安堵して、イオンは崩れ落ちた。アニスが駆け寄ろうとしたが、それよりも早くウンスイが
その側にしゃがみ込んだ。まるでイオンの姿を、周りから隠すように。
その側へまた、アゴンが歩み寄る。立ったままイオンを見下ろして、アゴンは口の端だけで笑った。
「――やれば出来るじゃねぇか。『導師イオン』」
イオンは俯いたまま、両手で顔を押さえた。身体が小さく、ひくっひくっと痙攣する。泣いている
のだ。
それを見てアゴンはため息をつき、イオンの小さな体を抱き上げた。ぎゅぅとしがみ付いてくるイオ
ンの背中を撫でて、目元に険を刻み兄を睨みつける。
「イオン虐めんじゃねぇ。性格悪いんだよ、お前」
「お前にだけは云われたくないな」
たったそれだけで言葉を切ると、「ナーガ」の二人は歩き出した。他の同行者たちへ声を掛ける事
も整備士達に視線を向ける事もない。
彼らはただ、「導師」イオンのために存在する。「導師」以外の存在は彼らにとって道端の石ころ
か虫けらに過ぎない。礼を弁え義を通すがそれは「導師」の存在を貶めないため。彼らの存在が高
潔であればあるだけ、「導師」の存在もまた高みにある事となる。
だから彼らは最強であらんとする。そしてその全ては、「導師」イオンのために。
「俺たちも行こう」
「ガイ……! で、でも」
「ヴァン謡将が仰ったように、俺たちはカイツールに行くべきだ。そこの人たちなら放っておいてもい
いさ。本来なら不敬罪で処刑されてもおかしくないのに、見逃してもらえたんだからな」
そう云ってガイは、冷たい眼差しを整備士達へ向けた。アゴンとは違う怒りの表れに、また整備士
たちが息を飲んだ。
彼も怒っていたのだ。大事な主を、危険な場所へ向かわせようとした整備士達に。ただアゴンが先
に行動に出ただけで、アゴンがいなければ彼か――もしくはヒルマが整備士達に武器をつきつけて
いただろう。
渋る様子を見せていたルークだが、「デビルバッツ」たちにも促されてついに歩き出した。ジェイド
はその後ろを黙々と歩いていく。誰もティアやアニスに目をくれない。
彼女らも整備士と同罪なのだから。
了
加筆修正 2009/08/21
