− 悪魔達の憂鬱。
「お前、ほんと、死んでくれ」
一句一句区切りながらはっきりと云ったヒルマに、セナ達「デビルバッツ」はそっと涙を拭った。
此処まで悲しい苦労をしているリーダーを、彼らは久々に見たのだった。
*** ***
タルタロス脱出後――
ルークの護衛剣士であると云うガイ・セシルと合流できたものの、一人では大変だろうからとヒルマ
は、セナ、ムサシに任せた世話役と護衛役の続行許可を申し出た。それに対して、本来なら「余計な
世話だ」と断っても構わない――彼はファブレ家に雇われた正式な護衛兼世話役であり、「デビルバッ
ツ」は行きずりの傭兵に過ぎないのだから――と云うのに、彼は嬉しそうに笑って「助かる」と云ってく
れた。
護衛剣士としての自身の誇りより、ルークの身の安全を優先した。
見上げた忠義だと「デビルバッツ」はガイに対して当然好意を抱いた。
が。
「貴方達、ルークの事を甘やかし過ぎじゃない? ――彼のためにならないわ」
「いやぁ、お貴族様は周りから守ってもらえて楽でいいですねぇ」
その言葉でその場は氷結した。勿論、それに気付かないのは無礼発言をしたティアとジェイドばか
りである。
空気を読むのが苦手なルークでさえ、空気が凍った事に気付き彼らへ噛み付くのをやめたと云うの
に。
ウンスイがため息を一つ。アゴンはあくびを一つ。イオンは少し、顔を青くした。
「大体、彼、剣を習っているのでしょう? 戦う力があるなら子供でも戦うのが常識じゃない」
それは何処の世界の常識ですか。
セナはそう思い、小さくため息をついた。何処の世界に、王族を戦わせようとする軍人がいるのか。
彼女は気付いていないのだろう。
自分の常識とやらを声高々と語る度、己の無能さを披露していると云う事に。同じく戦うのが生業
の人間として、ものすごく恥ずかしい。
「あー……。セシル殿」
引き攣った顔で、ヒルマが云う。ガイは苦笑した。
「ガイでいいですよ。後、貴方の思うように喋って下さい」
「えぇ、ルーク様とイオン様からご許可が出次第、そう致しましょう」
この場における最高権力者たちをきちんと立てるヒルマに、ガイは好感を持ったようだ。にこりと零
れるような笑みを見せた。
「――あれは特殊な例です。出来れば」
「大丈夫ですよ。あれを見てダアトとマルクトの全てがああだなんて短絡的に思いませんから」
「それは有り難いな」
そう云ったのはウンスイである。彼は普段通りの話し方だ。それも当たり前と云えば当たり前だ。
彼らは導師イオンの命令しか聞かない僧兵部隊「ナーガ」の特級だ。イオン以外にへつらう必要な
どない。
遅すぎるが――自分たちが侮辱されている事に気付いたのだろう。ティアは不愉快そうな顔を隠し
もせず、ジェイドはまるでヒルマたちが非常識なような軽蔑の顔をしていた。
「さて……これ以上この場に留まっていても仕方ありませんね。ルーク様、イオン様、移動致しましょ
う」
指示を仰ぐ相手は、勿論ルークとイオンだ。どこへ行くかまでは世間知らずの二人に求める事はし
ないが、了承無しに移動を開始する事など出来ない。
ヒルマの当然の態度がどうにもくすぐったいのか、ルークは少し身を捩った。
「ヨウイチ……さっきみたいな喋り方でいいぜ、別に。勿論ガイやセナ達も。な、イオン」
「えぇ、僕もヨウイチは普段の喋り方のが似合うと思いますよ」
さり気なく失礼なイオンの発言に、ヒルマはケケケっと笑った。イオンには一切悪意などない事をちゃ
んと分かっているのだ。分かってはいるが――ウンスイは頭を押さえている。
「有り難くそうさせて貰うぜ。――ガイ、此処から一番近い街は?」
「此処からなら……セントビナーが一番近い。二日程度歩いたら着くな」
「えー?! 二日も歩くのかよ?!」
さっそくルークから文句が飛ぶ。しかしそれに顔を顰めたのはティアだけで、世話役と護衛役を請け
負っている「デビルバッツ」は笑顔だ。
「キャンプ兼お散歩だと思えばいいんですよ、ルークさん」
「そうそう。色んなものが見れて楽しいよー」
「安心しろ。へばったら俺が背負ってやる」
「い、いいよ! かっこ悪いだろ!」
「みゅ? 抱っこされるのはかっこ悪いですの?」
「あほー! ムサシは背負うって云ってんだよ! 抱っこなんて云ってねぇよ!」
「俺は別に抱っこでも構わん」
「俺が構うっつーのーぉぉぉぉっ!」
顔を真っ赤にして怒るルークに、セナたちは笑った。
*** ***
其の夜の事だった。ぐっすりと眠るルークの側で、「デビルバッツ」とガイは声を抑え会話をしていた。
勿論、各々武器を抱えている。一応全て潰したつもりだが、神託の盾騎士団の追っ手があるとも限ら
ないからだ。
「――とまぁ、そう云うわけだ」
「やっぱり殺していいか」
「落ち着け。気持ちはわかるけどな」
ヒルマがガイに話したのは、ルークがファブレ公爵邸から消えた後の出来事の全てだ。タタル渓谷
やらチーグルの森での出来事はルークとティアの両方から聞き出した話を総合したもので、ヒルマた
ち自身が見たのではないが、二人の話しに相違点はないので限りなく真実に近いだろう。
キャンプ用のティーパックで茶を淹れたセナは、なんとか殺気を抑えているガイにカップを渡した。
礼を云ってそれを受け取り、ガイは一口飲む。香りも味もそういいものではないが、気分を落ち着か
せるには充分だった。
「まぁ、僕も呆れましたけどね。死罪確実の罪を犯しておきながら、あれですから」
「そうだねぇ。公爵家を襲撃、嫡子であるルーク君を連れ去ったのに「個人的な事」で済ませちゃう
のには吃驚しちゃったー」
吃驚どころの話ではない。それを聞いたヒルマなど、問答無用で射殺しようとしたくらいだ。
「あぁ……。しかも、王族であるルークを前線に立たせて、自分は後衛に回ってただって? 俺はあ
の女の正気を疑うよ」
昼間の「戦う力云々」の時点ですでに疑っていたが。そこまで筋金入りだったとは、ガイとしてもお
手上げだ。もはや何も云う気が起きない。
「事の重大さを全く理解していやがらねぇんだよ。ったく、どんな教育したらあんな非常識が出来る
のか、是非グランツ揺将にお聞きしたいところだな」
「で、あれの処分はバチカルに任せていいのか?」
話がずれそうになったので、ムサシはそっと修正を入れる。
そう、この会話の主題はダァト軍人の非常識さを論議するのではなく、その身柄をどうするかであ
る。
「本来ならその場で斬首だけどな。今は場合が場合だし、彼女の真意も問わなきゃいけない。どう云
うつもりか、大人しくバチカルまで来る気のようだし。カイツール辺りで身柄を拘束しよう」
「じゃぁ朝一で鳩を飛ばしますね」
「え、そこまで頼っちまっていいのかい?」
当たり前のように云ったセナに、逆にガイが驚いた。セナは笑顔で云う。
「えぇ、ガイさんはバチカル宛てにルークさんの無事を知らせないといけないでしょう?」
今日はばたばたしてて暇がなかったし、と云うセナに、ガイは有難うと云って笑った。
「しっかし、君たちが居てくれて助かったよ、ほんと。ルークを守ってくれてありがとう」
きっちりと頭を下げるガイに、いいって事よとヒルマは笑う。
「俺らの任務は「和平を成功させる事」だからな。それに、俺らは今マルクト所属とは云え、キムラス
カ王族を無下に扱うような馬鹿なまねはしねぇ」
「あー……」
ちらと、ガイはマルクト軍人の方を見る。
ジェイドは木の根元に座って眠っていた。眠りは浅いだろうし、何かあれば即飛び起きるだろうが
――それにしたって武器を手元に持っていないとは何事か。コンタミネーションだかなんだか知らな
いが、タイムラグ無しで出せるものでもないだろうに。
「すまん。あれは、本当に、特殊だ」
一言一言区切りながら、ムサシが云う。
「マルクト軍人は例外なく高等教育を受けてる。王族、貴族相手の礼儀作法なんざ基本中の基本だ」
「あれで?」
「あれは基本を習ってねぇんだよ。研究者上がりで皇帝の幼馴染だから」
「……身内に甘いのかマルクトは」
「キムラスカに比べれば甘いだろうな。勿論、あれに宮廷での正しいあり方を叩き込め! って云う
軍人は居たんだが、教えなくともわかってるだろって思ってる連中の方が多い」
「身内の事となると、目が曇るもんさ。――それで済まないけどな」
ジェイドの方を眉間にシワを寄せて見ていたガイだが、「デビルバッツ」の方を見て力を抜いた。
「まぁ、俺が判断を下す事じゃないな。ルークに無礼を働いたからと云って、皇帝陛下の名代を俺如
き使用人が切り捨てるわけにもいかないし」
「面倒をかけてすまんな」
「ごめんね。僕たち、頑張ってフォローするから」
こいつらの方がよっぽど名代らしいよ、とガイは思った。傭兵ではなく、軍属になっても支障はない
だろうに。いっそキムラスカに――そこまで考えて、ガイは頭を左右に振った。
*** ***
数日をかけ、一行はカイツールへと到着し、アニスと合流した。
その数日の間にも軍人たちは失言を連発し、ガイの中で着実に評価を落として行った。「デビルバッ
ツ」は仕舞いにはフォローをする気を無くしたらしく――正直、仕方ないよなとガイは思う――、ルー
クを守り、出来る限り不快な思いをさせないようにジェイドとティアを遠ざける事に専念している。
勿論、ウンスイとアゴンは干渉など全くしない。彼らはイオンさえ無事ならそれでいいのだから。
そんなギスギスした空気の中、ルークとイオンは居心地悪そうにしながらも友好を深めていったら
しく、今もそれぞれの護衛に守られながら和気藹々と会話している。
ティアはそれがまた気に喰わないようだ。ようは「傲慢で世間知らずな貴族のお坊ちゃまが、導師
イオンと口をきくな」と云う事らしいが、それならば一兵卒如きが導師と王族の関係に口を挟むな、
と云うところだ。分を弁えろとはこの事である。
「……タルタロスで、ヒルマがあれだけ脅したのにな」
「馬鹿だからもう忘れたんだろ」
既に二人は、ティアを見限っていた。
「デビルバッツ」とガイはとにかく疲れていた。要人を警護しつつ、分を弁えない無礼軍人たちの怒
髪天を突くような態度にさらされているのだからそれも当然である。
イオンさえ無事なら他はどうでもいいが紛う事なき本音のウンスイとあのアゴンでさえ、同情の目
を向ける事があるくらいだ。
――そんな疲労一杯の「デビルバッツ」たちに、さらなる疲労の種が降りかかる事になる。
「さて。バチカルへ入るには旅券が必要なわけですが――」
そうジェイドが語り出したが、ヒルマは無視した。隣にいるガイに話しかける。
「ガイ。ルークの旅券はあるな」
「あぁ、勿論あるよ。本当ならいらないけど、それはそれで面倒だからな」
その言葉に、ティアが眉間にシワを寄せた。
「いらないってどう云う事? 関所を越えるなら」
「……ティアさん。ルークさんの姿を見てもわからないんですか?」
偉そうに語りに入ったティアをセナの声が遮る。言葉を遮られムッとした顔でセナを見たティアだっ
たが、幼い顔に疲労と落胆の色を見て思わず黙り込んだ。
「王族の証しである赤い髪に翠の目。さらにはファブレ家の紋章が入った服。これだけ全身で自分の
身分を表わしているんですよ? 戦争中でないなら、事情を伝達し名乗りを上げれば旅券なんてなく
ても通れます」
「其の通り。今回は事故とは云え、不法入国――非公式にマルクトに入っちまったからな。事情が事
情だから、今回は旅券だ。旅券なら見せれば即通れるし。
それにしても、流石はセナ。勉強してるなぁ」
「これくらい常識です」
遠回しに非常識、と云われたのは流石にわかったらしい。ティアは顔を真っ赤にして俯いた。
「じゃぁ、俺らの予備はそこの女に貸してやるから――全員行けるな」
「は?」
「あ?」
ジェイドが上げた声に、思わずヒルマが反応した。「は?」って云ったか今。
「おい、糞大佐……。まさか……」
「旅券なんてありませんよ。何のためにルークに同行してもらったと思ってるんですか?」
そう云ったジェイドに対し、「デビルバッツ」は目が点になった。ガイと「ナーガ」も同様である。
「……和平交渉に向かうって決定は、出発の二週間以上前だったよな」
「えぇ、その間にタルタロスの使用許可申請、兵士の配置、イオン様と合流の打ち合わせ……」
「あぁそうだな。必要なことだな。で? なんで旅券の申請してねぇんだよ。一番最初にしとくもん
じゃねぇのか?」
「此れは極秘任務ですよ? 旅券の申請などしたらバレてしまうじゃないですか」
「……」
ヒルマが両手で頭を抱えた。
これは極秘任務だが、皇帝の勅命なのだ。勅命の元、秘密裏に旅券を手に入れる事など、道端の
花をつむより簡単な事だろうが! まだ戦争が始まったわけではないのだから、申請先は自国だけ
で済むと云うのに!
「……ウンスイ、念のために聞くが」
「何だムサシ」
「お前ら旅券は?」
「あるわけないだろう」
「俺らはイオンの護衛にくっ付いてきただけだぜ? しかも、そのイオンを連れ出しやがったのはマル
クトだ。そこのカス軍人が用意して当たり前だろうが」
「……そうだな」
ジェイドは少なくとも、自分、イオン、「ナーガ」、導師守護役、兵士百余名分の旅券を申請、発行し
てもらわなければいけなかったのだ。
それを用意していない。なるほど。ルークを脅そうとした理由がわかった。
――この職務怠慢無能軍人が!
ヒルマは腹の中でそう罵り、ゆっくりと顔をあげた。
その表情は、思い切り悲しげだ。目の前のものが可哀想だと、哀れむ表情だった。
「お前、ほんと、死んでくれ」
疲労しきったヒルマの言葉に、「デビルバッツ」はそっと涙を拭った。
結局、ヴァンが現れた事で旅券問題はなんとかなってしまったが。
――「デビルバッツ」を始め、ガイ、「ナーガ」の中で、ジェイドの評価が落ちるところまで落ちきった
のは云うまでも、ない。
了
旅券の申請方法とかよくわからないので、
戦争中は両国の許可が必要、申請方法も滅茶苦茶面倒くさくて時間もかかるし発行されない場合も
多いけど、戦争をしていない時には自国の許可のみで可。発行も早い。王族、貴族の場合は最短一日。
軍人の場合でも、国主の許可さえあれば三日以内で入手可能。
って云う定義で書いてみました。無茶苦茶だけどまぁご愛嬌って事で!(どこが)
加筆修正 2009/08/21
