− 海神の怒り。


 その日、水の都グランコクマは揺れていた。
 地震ではない。
 一人の軍人の天を突くような怒りで、揺れていたのだ。

 *** ****

 本来なら許される事ではない。皇帝陛下の御前で声を荒げるなど。死罪ものだ。
 しかし、我慢ができなかった。
「ですから……僭越ながら……私は……申し上げたのです……っ!」
 第一師団所属コバンザメ少尉の副官シュン・カケイは両拳を握り締め、俯いてぶるぶると震えてい
た。その後ろでケンゴ・ミズマチも怒り――と云うより、呆れ顔で立っている。怒り狂っているカケイに
ではなく、手にしている報告書を見て呆れ返っているのだ。
「『死霊使い』が……っ、カーティス大佐は……お世辞にも人柄が良くないと……!」
 途切れ途切れの訴えが、彼がどれだけの怒りに身体を支配されているか表現している。
 普段なら宥めるコバンザメ少尉も今回ばかりは口が挟めず、上官であるアスラン・フリングス少将
にどうしたものかと視線で訴えていた。が、涼しい顔をしているものの、本音はカケイと同じらしいフ
リングスは何も云わない。
「和平交渉に……あ・れ・ほ・ど! ……不適切な人間も、いない、と……!」
 ゼーゼマンもノルドハイムまた、黙っている。特にゼーゼマンは胃でも痛むのか、眉間にじっとり
とシワを寄せている。普段は口やかましく部下の言葉を諌めるノルドハイムも同様だ。
 二人とも、本音はカケイと同じなのだろう。
「官位を受けてもいない……俺如きが……僭越ながら……不敬も覚悟の上でっ……アスラン・フリン
グス少将が……適任でいらっしゃると……申し上げましたのに……!」
 ピオニー陛下は片手で顔を押さえ、俯いている。もう片方の手にはカケイたちと同じく、報告書を持っ
ていた。
 赤い蝙蝠の印が捺されたそれは――傭兵部隊「デビルバッツ」からの報告書である。
「……シュン」
 ピオニーが押し殺した声で、カケイを呼ぶ。身体をぶるぶると震わせながら、カケイは黙り込んだ。
皇帝に名を呼ばれたからにはどれだけ怒りの高き紅蓮の炎が体内で狂い踊ろうと、言葉を抑えて耐
えねばならない。
「此処にいるのはまぁ……身内みたいなもんだ。だから、まぁ」
 ピオニー、ため息一つ。
「――ぶっちゃけろ」
「何を考えてやがるんだあの腐れ死体漁りはぁぁぁぁぁあああああっ!」
 身体を二つに折るくらい腹に力を入れ、カケイは絶叫した。
 宮廷を揺るがすその絶叫に、全くだと軍人達は頷いた。
「有り得ねぇ! 有り得ねぇよ此れ! 此れ! 何やってんだあの腐れ死体漁り! キムラスカの王族
であらせられるルーク様を保護したのはいい! でもヒルマが気付かなきゃ犯罪軍人と同席させ続け
た挙句、脅してた?! これから和平に向かう相手国の王族を?! 戦力(デビルバッツ)がいなかっ
たらルーク様を前線で戦わせてただぁ?! ルーク様は王位継承権第三位、ナタリア王女殿下の婚約
者、次代の国王陛下! 皮一枚髪の毛一筋傷がつけばその時点で和平も糞もなく即戦争突入だ! そ
の上、王宮内でルーク様を呼び捨てにしただと?! 俺らキムラスカのいい笑いものですよ! マルク
トは軍人の教育一つまともに出来ないのかって! 陛下も俺ら軍人も皆見下されてますよ! 教育も出
来ない人を見る目もない考える脳もない! 和平を望むと云いつつ喧嘩売るような馬鹿を皇帝陛下の
名代にするような愚か者達の集まりだと声高々に云われまくりですッッ!」
「ンハッ! それだけじゃないってカケー。和平行くのに、何の計画もなしの行き当たりばったりだよ此れ?」
「あはは……。これ、不味いですよねぇ……。業界用語でズイマー……」
「えぇ……。ルーク様がいらっしゃったからどうにかなったようですが……」
「……傭兵の方がしっかりしてるとは……」
「……幾らなんでも、通行証の申請くらいはご自分でなさるかと思うていましたが……我らの買いかぶ
りでしたな……」
「いやもう、ほんと、なんつーか、御免……」
「謝れば済む問題じゃないでしょう!」
 そこでようやく、カケイは顔を上げた。ただでさえ吊りあがっている目が益々吊りあがり、怒りでギラギ
ラと光る目がピオニーを睨みつけている。
 十六歳とは思えない眼光に、さしものピオニーも少し怯む。
「これ、当たり前ですけど、陛下の責任ですからね」
「はい……」
「勿論、ゼーゼマン様も!」
「うむ……」
「だ・か・ら! あれほど甘やかすなと云ったんですよ! 幼馴染だかなんだか知りませんけどね、せめ
て王宮での立ち振るまいくらいはしっかり仕込めと俺が口を酸っぱくして云ったでしょうが! あれは云
わなきゃわかんないくらいブワァカ(馬鹿)だって! 戦争以外じゃ無能なんですよ、む・の・う! 適材
適所って言葉を知らないんですか!」
「すいません……」「面目ない……」
 皇帝と参謀総長が一兵卒に謝っている。これで他の兵士がいたらたとえ地が裂け様と皇帝を怒鳴り
つけたり、一兵卒に謝罪したりしないが、今は身内同然の者しかいない。誰も咎める者はいなかった。
 フーフーを息を荒くし、肩で呼吸をするカケイの背中を、ミズマチは無言でさすってやる。
「陛下……えーと、今からでも遅くないと思いますよー……。フリングス様に名代、代わってもらっ
た方が得策ですってー……」
「コバンザメ少尉の云う通りです。ご命令とあらば、私が今すぐにでも参ります!」
 これ以上キムラスカの心証が悪くなる前に、ご決断を! と部下たちは訴えたが、ピオニーは難し
い顔のままだ。
 彼とてわかっている。ピオニーは賢帝と呼ばれ、民から絶対の信頼を受ける皇帝なのだから。身内
の贔屓目で、つい――では言い訳にもなるまいが――ジェイドを名代にしてしまったが、もはや庇え
る限度を超えていると。
 しかし。
「……おかしいんだよな」
「何がです? カーティス大佐のイカれ具合なら嫌と云うほどわかってますが?」
「シュン。えーと、ちょっとだけピオニーさんのお話し聞いてくれ。俺がおかしいなって云ってるのはな」
 パンッと報告書を叩く。和平交渉へ出てから今までのジェイド――いや、皇帝の名代一行の行動が
記された報告書だ。
 これは本来皇帝の名代であるジェイドの仕事だ。勿論、ジェイドからも来ているが、彼らが手にして
いるのはピオニーの勅命で皇帝名代一行に同行している傭兵部隊「デビルバッツ」リーダー・ヒルマ
が作成したものである。
 自分の感情を優先しがちで報告書にも私情を挟むジェイドと違い、ヒルマは淡々と真実のみを簡潔
に記す。ようするに、議会などで重視されるのは悲しい事に――正規軍人であり左官であるジェイド
の報告書より雇われ傭兵ヒルマの報告書なのである。
 ヒルマは騙りをすれば嘘もつく、虚言を弄し相手を陥れる事を武器とする男だが――己の利益にな
らない騙りをする男ではない。
 きっぱり云ってしまえば――ジェイドが和平の使者としての役目を全うしていようがしくじっていようが
彼には関係ない。自分の報告書のせいで、ジェイドの評価が上がろうが下がろうがどうでもいい。た
だ自分の仕事を全うし、尚且つ真実を伝えるのみだ。
「こんだけ無礼な事をジェイドがやらかしておいて、キムラスカ側からなんの抗議もない事もおかしが――。
それよりも、ヨウイチが珍しく私情を書いているって事だ」
「え?」
 その言葉に、謁見の間がざわついた。
 キムラスカの内情に詳しくないけれど、ヨウイチの性格は厭になるほど思い知っている。
「ンハッ。めっずらしーぃ。つか初めて?」
「初めてだな。陛下、何て書いてあるんですか?」
「……キムラスカが気に喰わない、だとさ」
 ヒルマは先に云ったように、報告書に私情を書くような男ではないのだ。私情、苦情などがあれば、
報告書とは別に作成し送ってくる。
「此処の隅に小さくだが――赤いインクで書いていてな」
「赤いインク……」
 デビルバッツにとって赤は、己たちを表わす色。その色で書いているのならば、重要な事項である
に違いないのだが――
「ンハッ。他にもちまちま赤い字で書いてある」
 ミズマチが示すと、確かに黒いインクに混じり赤いインクがちまちまとある。しかしその内容を見ると、
わざわざ色を変えてまで書く事ではない。
「あれ、此れちょっと長い」
「……いくら予言にあるとは云えアクゼリュス救援部隊を、ルーク様ご自身が親善大使として指揮を
執っているのは納得がいかん、何か裏がありそうだから調べやがれ……」
「確かに可笑しいですね。ルーク様は次代の国王。アクゼリュスの難民に慰問する、またはマルクトへ
訪問するならわかりますが……」
「瘴気溢れるアクゼリュス自体へ向かわせるのは変ですよねー……。ルーク様の身に何かあったらヤ
バいでしょう? 業界用語でバイヤー」
「ふむ。報告書によると、ルーク様は社交界デビューもまだなら政にも関わっていないとか……」
「可笑しいと云えば、大詠師モースがキムラスカに肩入れしている点も……」
「つか、アクゼリュスへ行けって予言、ND2018で月日は決まってないんだろ? なんでわざわざ今……」
 顔をつき合わせ、それぞれがおかいと思う点を上げていく。一番新しい日付の報告書を見ていたピオ
ニーはそこでふと、気が付いた。
「……おい!」
「はい?」
「今回の報告書を全部日付順に並べろ! 早く!」
 ピオニーの慌てた様子に、軍人たちも慌てて自分たちの手にした報告書を日付順に並べた。
 謁見の間に机はない。従って床に並べられた報告書を、ピオニーはしゃがみ込んで見る。
 皇帝がしゃがんでいるのに自分たちが立っているわけにもいかず、軍人は皆跪いて同じく報告書を
覗き込んだ。
 指で赤い字を辿り、ピオニーは呟いた。
「……やっぱりだ」
「何がです、陛下?」
「赤字で書いてある文字は皆、マルクト、キムラスカ、ダァト、預言関連だ」
「それが何か……?」
「おい、ヨウイチがこの世で一番嫌ってるもんが何か、知ってるか?」
「え? 預言でしょう?」
「ンハッ! あいつ、預言士見ると問答無用で発砲するくらいの預言嫌いじゃん」
 ――傭兵に預言なんざ必要ねぇ。その日をどう生きるか、いつ死ぬかは俺たちの自由だ。
 それがヒルマの口癖である。
 世界を繁栄へ導くとされる預言を軽視するヒルマの言動は、軍内でそれなりに問題になっていたが預
言に従う従わないを決めるのは結局本人であり、預言を軽視する発言をしても法的に罰せられる事は
ないのだ。勿論、預言を否定すると世間の目はものすごく冷たいが、それを気にするほど神経が細い
「デビルバッツ」ではない。
「……」
 ピオニーは無言だ。軍人たちも黙し、皇帝の次の言葉を待つ。
「あいつ……」
 顔を上げる。ピオニーの顔色は宜しくない。
「……ヨウイチの情報網がどんなもんか、知ってる奴はいるか」
「いえ……恥ずかしながら私は存じ上げません」
「あいつ、自分のネットワーク誰にも云ってませんよ」
「……決まりだ。ヨウイチの奴――」
 ジェイドの事でげんなりとした顔を消し、ピオニーは皇帝の顔で云った。

「秘予言の内容、知ってやがる」

「馬鹿な……!」
 最初に声を上げたのは年の功なのか、ゼーゼマンだった。他の面子は、硬直している。
「有り得ませぬぞ陛下! 秘預言は その内容を調べようとしただけでも死罪になる、ローレライ教団
最高機密!」
「確かに……ヒルマはすげぇけど、所詮は傭兵のリーダーでしょう? まさか……」
「いや、知ってる。知ってやがったんだ、アイツは。だからこの仕事、黙って引き受けたんだ……」
 ピオニーの手が震えている。小さくフリングスが呼べば、微笑程度は返したがそれだけだ。震えは
止まっていない。
「此れはアイツなりのメッセージだ。赤字は秘預言の内容の示唆、キムラスカが気に喰わないっての
は預言を忠実に守ってるからで――大詠師モースが肩入れしてるって事ぁ、キムラスカ上層部は少
なくとも、DN2018の秘預言全文知ってやがる!」
 そう云って、ピオニーは床に拳を叩き付けた。ガンッと大きな音が立ち、コバンザメが身を竦める。
「赤字……赤字は秘預言の内容示唆なんですよね? なんてあるんですか?」
「ああ……」
 同じように報告書を見てもわからないらしい臣下たちに、ピオニーはメッセージの解読内容を云うべ
く報告書をなぞった。
(あいつ、この日のために……俺相手に遊びみたいな暗号文通やったんだな……!)
 この日。
 秘預言が実行される日のために。
 ピオニーにだけ通じる暗号を組み立てた。
(重要じゃない……けど、あえて預言やらキムラスカやら関連の部分を赤にしたのは、俺が気付きや
すいように……!)
 赤字を拾い、字の強弱や太い細い、大きさ小ささによって文書を組み立てる。
(―― 一国の帝を試しやがったんだ! 傭兵の分際で!)
 必至に笑い出したいのを堪えた。まさかこの俺が! 皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世が! 自分
の半分しか生きてないような餓鬼に試されるとは!
「……ND2018――ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へ向かう。そこで若者は
力を災いとし、キムラスカの武器となって、街と共に消滅す……」
 誰も、口を利かない。ピオニーは続ける。
「しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう――結果キムラスカ・ラン
バルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる……」
 長く、沈黙が落ちた。
「そ――」
 次に沈黙を破ったのは、
「そんな馬鹿な話があるか!」
 カケイだった。
「つまり、なんですか?! ルーク様が死ぬと……アクゼリュスを滅ぼすとわかっていて、キムラスカの
連中は親善大使として送り出したと云うのですか!」
「それならば……合点が行く……」
 唖然とした口調でフリングスが云う。律儀に守っていた敬語も使えないほど、衝撃だったのだろう。
「公爵邸を襲撃し、ルーク様を誘拐したダァト軍人を捕らえる事無く、アクゼリュスへ向かわせた事も……
カーティス大佐の無礼な態度を黙認し、マルクトへ抗議一つ入れないのも……」
「み、みんな……アクゼリュスで死ぬって……わかってるから――?」
 これはまだ、仮説に過ぎない。
 いくらピオニーが「ヨウイチ・ヒルマは秘預言の内容を知っている」と云ったところで、証拠は何もない。
仮説に過ぎない。仮説の域を出ない。
 しかし――筋が通る。
「……ねー、ピオニーさま」
「なんだ、ケンゴ」
「その秘預言が本当だったら……未曾有の繁栄を迎えるのって、キムラスカだけ?」
 はっと全員が息を飲む。
 マルクトは領土を失う――結果、キムラスカは栄え――
「――あああああああっ!」
 突然、ピオニーが頭を抱え叫んだ。臣下たちはギョっとし、気でも違ったかと慌てたが――勿論、そう
ではなかった。
「あの野郎! だからか! だからマルクトの――俺の味方につきやがったんだ!」
「へ、陛下! 落ち着いてください!」
「落ち着けるかぁぁあ! あの野郎……あの糞餓鬼、ふざけやがって! 人の事馬鹿にしやがってぇ!」
 頭を掻き毟っての罵倒が誰に向かってのものなのか、すぐにわかった。
 悪魔の司令塔――ヨウイチ・ヒルマへの罵倒。
「どうされたってんですか、陛下! 血圧上がりますよ!」
「いいか聞けお前ら! ヨウイチは極度の預言嫌いだ! その預言嫌いは秘預言の内容を知ってる!
そんでもって俺の味方につきやがった! わかるだろう! その意味が!」
「……」
 しばし沈黙。
 後、ミズマチとコバンザメを除いた全員が気付き、顔色を真っ青にした。
「わかったな?! 残りの秘預言には書かれてるんだよ! キムラスカ・ランバルディアの未曾有の繁
栄が! マルクトの――終焉が!」
 その言葉に、わかっていなかったミズマチとコバンザメの顔からも血の気が引いた。
「だ、だから、ヒルマは……」
「あぁそうだ。おかしいと思ったさ俺だって! 傭兵部隊最強の攻撃力を誇る「デビルバッツ」が、
一つの国、しかも皇帝直属の配下に半永久的に納まるなんざ裏があるに決まってる! まさか此処ま
でデカイ裏だとは思わなかったけどな!」
 そう云い切って、ピオニーは玉座に沈んだ。またも重たい沈黙が謁見の間を支配する。
 この沈黙の息苦しさに、フリングスはせめて報告書だけでも片付けて――と手を伸ばし、書類をまとめ
て――気が付いた。
 キムラスカが和平に応じ、アクゼリュスへ救援をやる決定をしたと云う内容の報告書の紙が……他の
報告書より、若干、ほんの少しだけ――厚みがある。
 まさか……。
 まさかまさかまさか!
 他の報告書を放り出し――カケイが怒ったが、今はどうでもいい!――、その報告書を横から眺めて、
すぐに厚みの理由がわかった。
 紙が――三枚も重ねられている。巧妙に隠して、そう簡単にばれないように細工してあるが、確かに同
じ大きさの紙が三枚重ねられている。しかも真ん中の紙は綺麗に漂白された紙だ。
 ――何故すぐに気付かなかったのか!
 フリングスは震える手で、ぴりぴりと重なった紙を開く。その様を見て全員が驚いた声をあげたが、フリ
ングスはとにかく、とにかく慎重に紙を剥がして行った。
 三枚にわかれた紙。一番上は勿論、ヒルマの報告書。真ん中と、一番下の紙は――
「コ、コバンザメ少尉……」
「は、はい? なんですか、少将……?」
「カーティス大佐からの報告書に――キムラスカからマルクトへ、街道の使用許可が出たと……書いて
ありました、か……?」
「え? そんな事、一言も……」
「ンハッ……」
「ま、まさか、その紙……!」
「――キムラスカからの正式な許可証です! アクゼリュス救援をキムラスカ領地の街道を使用し送っ
ても構わないと――!」
 がたたっ――音を立てて、ピオニーが玉座からずり落ちた。
「な、なんでそんな重要なものがヒルマ経由で……しかも紙の間に挟んで来るんですかぁぁぁあ?!」
「私が知るかぁぁぁぁあ! 陛下! 今すぐに第一師団をアクゼリュスへ向かわせてください! ゼー
ゼマン元帥、タルタロスの使用許可を願います! ノルドハイム将軍は救援物資の手配を! それか
ら――」
 思い切り薄暗い表情で、フリングスは一番下にくっ付いていた紙を、ピオニーに差し出した。
「此れ、陛下宛てです。ヒルマ殿から」
 ものすごく疲れた表情の上に片手で渡された其れに目を通し、ピオニーはまた、頭を抱えた。
 そして、
「あああああああの糞ガキャァァァァァアア! 大人を舐め腐りやがってぇぇぇえええっ!」
 絶叫した。
 手紙を破り捨てなかっただけ、マシである。
「急げアスラン! じーさん! ノルドハイム! コバー! 俺たちにはあいつらが必要なんだ! 死に
物狂いで間に合わせろ! つか間に合わなかったら俺が殺す!」
「はっ!」「はっ!」「はっ!」「は、はいっ!」
 上官たちはバタバタと動き出したが、下っ端であるカケイとミズマチは動く事が出来ない。
 なんせ今謁見の間には身内呼ばわりされる臣下しか集まっておらず、陛下をお守りする近衛兵が一
人もいないのだ。緊急事態になったとは云え、命令もなく二人までもが謁見の間から出るわけにはい
かない。
「死霊使いの無能ぶりも極まったって感じだな……」
「ンハッ。俺らも忙しくなっていいじゃん、カケー」
「そう云う問題じゃねぇよ……はぁ……」
 楽観的すぎるミズマチの意見にカケイはため息をついたが、まぁ確かにグランコクマで死霊使いの
無能っぷりにやきもきしちえるよりずっといいかも知れない、と思いなおした。
「それで陛下……。その手紙にはなんてあったんです?」
「……ほれ」
 手渡された手紙を読んで、カケイとミズマチは絶句した。
 内容は以下の通りである。
『この糞皇帝! てめぇの懐刀、糞の役にも立たねぇじゃねぇか! この許可証だって受け取って置
きながら俺に丸投げだぞ。有り得ねぇ無能っぷりだな。ファッキン!
 許可証を受け取って直ぐ、マルクトに救援要請でもしときゃぁ俺だってこんな事はしなかったが、
いい加減堪忍袋の緒もぶっち切れだ。
 俺らがなんでてめぇの味方になってるか――もう気付いてるかまだわかっちゃいねぇか知らないが、
そろそろ愛想が尽きてきた。
 つーわけで此れは賭けだ。
 隠し文書に気付いて救援が間に合ったらお前らの勝ち。
 デビルバッツはマルクトの味方だ。
 気付かない、もしくは気付いても間に合わなかったら俺らの勝ち。
 マルクトとは縁切りだ。
「デビルバッツ」の戦力と情報網が必要だってんなら、頑張って間に合わせるんだなー。
 ケケケケッ!
*P.S.
 マルクト見限った後はダアトに行く予定』
 無言が続く。
「……ダアトに行かれたら終わりですね」
「……全くだ」
「ンハッ。おむすびっちやセナとお別れやだよー、俺」
「俺だって嫌に決まってんだろ! せ、セナ君とさよならなんて……!」
「はぁ……。最初から、アスランに行かせとけばなぁ……」
「後悔先に立たずですよ、陛下……。ちなみに、セナ君がダァト行ったら俺も軍やめて追いかけます
からそのつもりで」
「俺を見捨てるなシュンー!」

 *** ***

 結局――
 第一師団はギリギリのところで、なんとか間に合った。親善大使一行はもう到着していたが、僅差
だったようである。
 そこでフリングスとカケイは、にやにや笑っているヒルマと、無意味な救援活動をしているジェイドを
見て「こいつら殺してやりてぇ」と心底思ったが――我慢した。



 了


 加筆修正 2009/08/21