− 聖騎士と使用人のシンパシー。
「行くのか」
「ああ」
互いに、短い言葉で話す。
自分たちの側には、仕えるべき主君が眠っている。安らかとは云えない寝顔にシンは物悲しい気
持ちになりながら、横目で隣に立つガイを見据えた。
ガイはひょいと肩を竦めると、心底疲れたように云う。
「どうも勝手に、俺の同行を決めてるみたいでねぇ……。あの連中」
「それで付いて行くのか?」
「冗談じゃねぇ、って云いたいところだが――」
すぅと、ガイの瞳が剃刀のように鋭くなった。
「あんたらがルークに付いていてくれるなら、俺は一足先に上に戻るよ。旦那様とイチロウに鳩も飛
ばさなきゃならんし、確かめたい事もある。あいつらを野放しにも出来ない」
「そうだな……」
本来なら許されない。使用人が主人の許可なく、その側を離れるなど。だが、時と場合によっては、
臨機応変、立ち回る必要がある。
それはわかっているが、シンは胸部の辺りがもやもやとするのを感じた。
この男が――ルークの側を離れる事が、許せない。
状況は把握してる。ガイの判断は間違いではない、理解している。だが、納得したくはない。
理不尽である事は百も承知だが、それでも、ガイと云う男が――自分と同じく、主に全てを捧げた
男が、その側を離れる事が厭だった。
仕方がない、仕方がない。そう思っても、もやもやとした不快感は消えない。
「困ったもんだ。……罪人の自覚が全く無いんだからな、あいつら」
「何を云っても無駄だろう。自分を絶対正義と信じている奴らほど、始末に終えん」
全くだと、ガイは屈託の無い笑みを見せる。
「ま、そんなわけだからさ。セイジューロー」
「……わかっている」
厭だが――個人の感情よりも優先するべきは、主人の益である。独りよがりな感情は控えるべき
だと、シンは少し視線を落とした。
ふぅと、細いため息を一つ。
身体ごとガイの方へ向き、シンは立ち上がった。すぐさまガイが跪く。
「ガイ・セシル。キムラスカ王室直属護衛騎士団「ホワイトナイツ」、『トライデント』セイジュー
ロー・シンの名において命じる。――上官への報告、罪人の監視及び、情報収集を行い、状況を見
て帰還せよ」
「はっ。ガイ・セシル、拝命いたしました」
見ている者は居ない。正直に云えば、これは意味の無い行為だ。
だが時として此れが――形が重要になる事もあり、決して疎かには出来なかった。
今を持ってガイは、公式にルークの側を離れる事を許されたのだ。それを許したのはシンであり、
彼が何らかの失態を犯した場合、その類はシン自身にも及ぶ。わかっていて、許可を出した。
ガイならば、決してルークの不利益になる行為はしないと、信じている。
たった六年。しかも、始終側に居たと云うわけではない。付き合いの長さで云うなら、同じ「ホワイ
トナイツ」のサクラバやタカミらとの方が長い。
それでもシンは、ガイを信じる事が出来た。
時間の問題ではなく。自分たちはきっと、誰よりもわかりあっている。
ルークと云う存在を介して。
「……はははっ。ガラじゃないよな、こう云うの」
「……同意しておこう」
着席し、また主人に目を向ける。
目を閉じて眠る、優しい、主人。彼の事も六年、見守ってきた。彼に会うまでの世界が無意味に思
えてしまうほど、主と過ごした六年は濃密で、美しく、そして甘い時間だった。
それを、これからも味わっていたい。ずっと、ずっと。
側で。
「……なぁ、セイジューロー」
静かな声で、ガイが呼んだ。少し硬質な声だった。この柔和な男が、らしくもない。
「なんだ」
「お前は……」
ヒヤリ。
背中に、冷たい汗が流れた。すぐ側から放たれた、温度の低い、殺気に。
身体が動かなかったのは――剣を抜かなかったのは、その殺気が自分にもルークにも向いていな
かったからだ。だから、身体は動かなかった。
目だけを動かして、隣に立つ男を見上げる。精悍な顔立ちをして、何かを悔いるような目で、主人
を見つめている。
薄い唇が開いて、
「裏切ってくれるなよ」
呟いた、小さな声。
驚くシンの視線を無視して、ガイはひたすらにルークを見つめていた。
ガイの手が伸びて、主人の赤い髪を一房つかみ、そっと流した。愛しむ手つきは、昔から一つも変
わらない。ガイがどれほどルークを愛しているのか、シンが誰よりもよく知っている。
そこでふと、気付く。
シンとサクラバにルークを頼み、一人外殻大地へ戻る事を――ガイは、どれほど苦痛に思っている
のだろうかと。ルークを置いて行く事が、どれだけ、辛いのかと。
好き好んで、先に戻るわけではない。「仕方がない」のだ。
立場上、シンとサクラバはルークから決して離れられない。だが、罪人どもを野放しにする訳にもい
かない。圧倒的に、手が足りないのだ。
ならば従者の中で一番位が低いガイが行って当然だ。当然なのだが――
納得できるものでは、ないだろう。
ガイも理解はしていても、納得はしていない。厭なのだろう、ルークと離れる事が。
シンと、同じく。
「……そろそろ行くよ。待たせると、うるさそうだしな」
「あぁ」
ひらりと手を振って、ガイは部屋の出口へ向かう。その背中に向けて、シンは云った。
「早く、戻って来い」
「……はは。無茶を云う」
「俺たちも、ルーク様も、……待っている」
「……」
ガイは肩越しに振り向いた。口元だけで笑って。
「善処しますよ、聖騎士様」
今度こそ、出て行った。
*** ***
主人と二人きり――正確には、聖獣の仔もいるが。彼もまた夢の中だ――になって、シンは静かに
手を握り締めた。
先ほどのガイの言葉が、脳裏によみがえる。
『お前は……』
――お前は。
『裏切ってくれるなよ』
――何を裏切っている。
そんな言葉をシンに向かって吐くほどに、何を悔いているのだ。
「……馬鹿め」
後悔するくらいなら、裏切らなければ良いのに。
シンは右手を強く握り締めてから、ゆっくりと力を抜いて。
そっと、主人の髪を一房手に取った。
ガイがふれていた、赤い髪。一目で愛した、朱の色。焦がれ続け、守り続け、愛し続けた主人の、
美しい髪。
急にシンは寂しくなって、主人の翠色の瞳が見たくて堪らなくなった。
無邪気な笑みが、見たくて、堪らなくなった。
それをガイと一緒に見たいと、同じくらい強く、思った。
了
加筆修正 2009/08/23
