− 服従の騎士。


「なん、だ、これ……」
 呆然とルークが呟いた。他の面々も無言で目の前の惨状を見ている。
 遠くから見、カイツール軍港が何者かに襲撃されている事はわかっていた。だから時間を遅らせ遅
らせ、新たに昇る煙が見えない事を確認してから入港したのだけれど。
「酷いな……」
「人の力ではない。恐らくアリエッタの魔物たちの仕業だろうな」
 無残にも破壊された建物を見ながら云うウンスイの傍らで、アゴンが小さく「エッタ」と呟いたが幸い
にも誰にも聞こえていなかった。
 バタバタと足音が近づいてくる。警戒のため元より武器を手にしていた「デビルバッツ」と「ナー
ガ」、ガイは構えをとったが、軍人達は警戒するだけで武器を出しもしない。危機管理能力の低さに
もはや何も云う気が起こらないヒルマたちだった。
 ルークとイオンはいい。彼らは守られる側の人間で、武器を手に取る必要など本来ないのだから。
むしろ武器を抜こうとしたルークを止めるのが当たり前だ。護衛が居るにも関わらず、彼を戦わせる
など出来るわけがない。
 ルークはキムラスカの王族だ。ダアト、マルクトの軍人が同行していながら傷一つでも負わせようも
のなら、即開戦となってもおかしくない。そんな事、幼年学校を卒業していない子供とてわかる事だろ
う。
 しかし何故か、軍人であるジェイドたちがこの状況でも武器を手にしない。それがセナには不思議
でならなかった。セナ達が武器を構えているからいいとでも思っているのか。それとも敵の姿を認識
しなければ武器も抜けないような阿呆なのか。
 傭兵としてヒルマに一から百まで仕込まれたセナは、国から認められたはずである軍人たちの思
考回路が理解出来なかった。
 足音の主が姿を見せる。ルークがぱぁと顔を輝かせた。
「おのれ何も」
「リンタロウ! レイジも!」
「え?!」
「る、ルーク様?!」
 ルークたちの元へ駆けてきたのは、キムラスカ・ランバルディア王室直属護衛騎士団「ホワイトナ
イツ」第一小隊――ルークに忠誠を誓う騎士、リンタロウ・ツヤシマとレイジ・カガミドウだった。
 思わずガイを押しのけて前へ出るルークへ、二人の騎士はすぐさま跪いた。それにティアたち軍
人は目を見開いて驚いていたけれど、何を驚く事があるのだろうか。王族であり忠誠を誓った主君
であるルークを前に、跪いて礼を取らない騎士がどこにいると云うのだ。
「よくぞご無事で……!」
「お前達が来てくれてたのか!」
「はっ……! 我らの他、イチロウ・タカミ、ハルト・サクラバ、ケイスケ・ネコヤマ、ナオキ・ウ
エムラ、シュン・カンザキ、ヨリヒロ・ワタナベ、以上八名、馳せ参じております」
「え、そんなに……?」
「ルーク様のお迎えに上がるには少なすぎるくらいでございます」
 確かに、とヒルマは思う。事故とは云え、敵国へ飛ばされた主君を迎えに来るのに、八名は少な
すぎる。忠誠を誓っている騎士総員で来てもおかしくはない。
「ガイ・セシルから「デビルバッツ」がルーク様の護衛を請け負っていると知らせが入り、血の気の
多い連中は置いて参りまして……」
「あ、そっか。お前らヒルマたちの事嫌いだもんな」
 ツヤシマの言葉にはっきりと云いづらい言葉を返すルークに、騎士二人も「デビルバッツ」も思わ
ず苦笑する。
 そう。王室直属の騎士団と皇帝お抱え傭兵部隊には、ちょっとした確執があったのだった。
「特にシンが荒れ狂っていまして……」
「え? セイジューローが……?」
「もし『アイシールド21』がいたら流血沙汰になってしまいますよ。あの調子じゃ」
 ははっと苦笑気味にカガミドウは云ったが、内容は笑えない。現に「デビルバッツ」はリーダーを
除いて冷や汗をかいていた。
「……ところで。何があったのですか?」
 そう云って、ルークと騎士二人の会話を邪魔したのはジェイドだ。確かに此処で何があったのか、
誰もが気になっている事であるし、知らなければならないものだろう。
 しかしそれは、王家の騎士たちが言い出すまで待つのが礼儀だ。彼らは戦闘のプロであり、礼儀
作法に至っては王族に勝るとも劣らない洗練された集団である。その彼らが主の無事を確認、自分
たちの状況を報告していると云うのに、割ってはいるとは何事なのか。切迫した状況であるならば、
即報告がされ撤退を言い渡されているはずである。
「そうよ。のんびりと話をしている場合じゃないでしょう? 大体、どうして彼に――」
「黙れグランツ。導師イオンの顔に泥を塗る気か」
 ジェイドが口を切った事に対し、何を勘違いしたのか一兵卒如きまで口を挟む。導師以外に興味
はない「ナーガ」も、これには鋭い叱責を浴びせた。無論、注意するなどと云う生易しいものではな
い。
「なっ……わ、私は当然の……」
「王家の方と忠誠を誓った騎士殿の会話を邪魔する事の何処が当然だ。「ナーガ」と「神託の盾」が
別部署で不可侵とは云え、導師イオンに仕えている事に変わりはないから云わせてもらうがな。そ
の軍服を着てこれ以上の無礼を働いてみろ。大詠師モースに進言する前に俺が貴様を処断する」
「……っ」
 ティアが言葉に詰まる。ウンスイの言葉に己の失態を思い知ったのではなく、処断の言葉に驚い
ただけだろうが。
「失礼した。勝手かと思われるだろうが、”コレ”の言葉はなかった事にしていただきたい」
「……お決めになるのはルーク様ですから」
「あ? 別にいいよ」
 投げやりなルークの言葉に、ウンスイはぺこりと頭を下げる。同じダァト所属の無礼を許されたの
だから当然の事なのだが、アニスとティアは面白くない顔をしていた。
 誰のせいでウンスイが頭を下げるハメになっているのか、全く理解していない。
「お前ら、顔あげていいぞ。それと何があったか説明してくれ」
 別にジェイドの問を補強してやったわけではない。ルークとしても状況は把握しておきたかった。
直属の部下である彼らが関わっているならば、なお更に。
「ではこちらへ。タカミ小隊長がお待ちです」

 *** ***

「ルーク様、ご無事で何よりでございます」
 軍港の一室に入ったルークたちを迎えたのは、六人の跪く騎士たちだった。慣れた様子で、ルー
クが顔を上げろと云うと、一糸乱れぬ動きで全員が直立に立ち上がった。
「ルーク様、イオン様、どうぞこちらへお座りください」
「あぁ」「有難う御座います」
 クッションが並べられた上等なソファへ、ルークとイオンが腰をかける。その背後にガイと「ナーガ」
が立ち、窓辺に「デビルバッツ」が並んだ。軍人達は不服そうな顔で扉の側に立っている。何故自分
たちにも椅子を勧めないのかと思っているのだろう。たかが一兵卒が王族と導師に同席出来ると思っ
ているのだろうか。
「カーティス殿はこちらへ」
「えぇ」
 佐官とは云えジェイドは皇帝名代のため、彼も椅子に座る事を勧められた。キムラスカ側にしてみ
れば、和平交渉の使者が佐官程度であるなどと侮辱にも等しいが、それでも彼らが礼を欠く事はない。
この使者をどう扱うか、決めるのは王なのだから。
「イチロウも座れよ」
「しかしルーク様……」
「謁見の間じゃないんだし。お前だけ跪いてるのも変だろ。な、いいよなイオン、ジェイド」
「はい、座ってくださいイチロウ殿」
「私も構いません」
「……では失礼致します」
 ジェイドの態度に若干違和感は感じたものの、タカミは素直に着席した。それと同時に、カンザキが
紅茶と茶請けを手にして入ってきた。彼の淹れたお茶は王宮仕えのメイド並に美味しいので、ルーク
は素直に喜ぶ。それにそっと微笑んでから、カンザキは導師イオンとジェイドの前にも紅茶を置いた。
「で、カイツール軍港で何があったんだ?」
「はっ。此処、カイツール軍港は六神将『妖獣のアリエッタ』に襲撃されました」
「アリエッタが?!」
「根暗ッタの仕業なわけ?! あいつ最悪ぅ!」
 イオンが驚愕の声を上げ、アニスが怒り出す。ほぼ全員がアニスに向け、侮蔑に視線を送ったが
彼女は気付かない。アゴンなど今にも殺しにかからんばかりの殺気を迸らせていたが、イオンに名を
呼ばれ沈黙した。
 公式の会見ではないけれど、此処には今、キムラスカ王家、ダァト最高指導者、皇帝名代がそろっ
ているのだ。その中で許可なく発言するなどとても軍人のやる事とは思えない。
 ウンスイがため息をつき、イチロウへ向かって首を振る。此処で糾弾しても意味がないと云っている
彼に、タカミは小さく頷いて後ろの騎士達を手で制した。
 ウエムラとワタナベが剣に手をかけていたのだが、ルークとイオン、女性軍人たちは気付いていな
かった。
「彼女は同じ六神将『鮮血のアッシュ』に指示されてカイツール軍港を襲撃したと述べ、整備士を一人
誘拐して行きました」
「被害はどの程度だ」
「幸い、死者は出ておりません。重軽傷者は二十一名、船は演習用、送迎用を含め全滅です。恐らく
狙いは、カイツール軍港そのものより、船を破壊する事だったのではないかと推測しております」
「そうか……。死者が出なかったのはお前らのお陰だな」
「いえ。我らがいながら、守りきれませんでした。失態にございます」
 そう云って深々とタカミは頭を下げた。他の騎士たちも揃って頭を下げる。
 やれやれと、ジェイドがため息をついた。
「それではバチカルへ行けませんね。まったく……、子供一人の襲撃に何をやっているのだか……」
 云った瞬間。騎士全員が剣に手をかけた。だが、抜くよりも早く、ヒルマの拳がジェイドを殴り飛ば
していた。
 椅子と共に床に倒れたジェイドを、全員がただぽかんと見守ってしまう。
 ヒルマは、左の拳をぷらぷらと振って、それからルークを含めるキムラスカ側に跪いた。
「カーティス大佐が失礼を致しました。私の程度の謝罪で許されるものではないのですが、どうか、
穏便に済ませていただきたく存じます」
「……君が俺たちに頭を下げるとは、思わなかったな」
 厭と云うほど、「悪魔の司令塔」の二つ名を思い知っているタカミが、苦笑混じりに云う。それにつ
られるように、ヒルマもクッと咽喉で笑った。
「ルーク様、いかが致しますか?」
「いや、もういいよ別に……。お前らも一々怒らなくていいから、面倒臭いしさ……」
 軍人達の無礼な行いに、何度も何度も謝罪――しかも本人達ではなく、別の人間から――をされ、
ルークはいい加減に厭になってきていた。だって何云ってもこいつら、聞かないし。ヒルマが云うよう
に殺すのは厭だし。極力関わりたくない、がルークの紛う事なき本音だった。
「……ルーク様がそう仰るなら」
 一応は、全員が納得した。心中は穏やかではなかっただろうけれど、ルークが云い、イオンも異を
唱えないならば彼らは頷くしかないのだ。
 何もわかっていないティアたち軍人だけが、不満げな顔を隠しもしていなかった。

 *** ***

「じゃぁ、ヴァン師匠が救出に向かったんだな?」
「はい。これ以上キムラスカへ無礼を働くわけにはいかないと……」
 そう云ってタカミはチラとティアを見た。ティアは何故自分が見られるのかわかっていないようで、
ツンとそっぽを向く。
「……」
 ルークは顎に手をやって、しばし考え込むと。
「……お前らも行ってこい」
「ルーク様……」
「お前らが此処に残った理由はわかってる。……俺が来るのに、整備士を救出に行くわけにはいか
ないもんな」
「左様にございます」
 彼らはある意味、僧兵部隊「ナーガ」に似ている。何よりも優先するべきは王家の血、そして忠誠を
誓ったただ一人の主君だ。騎士の務めとして弱き民を守り助ける事は当然だが、国民と主君を秤に
かけた場合、優先するのは当然主君である。
「ヴァン師匠だけに任せっきりも不味いし。それと……」
 そこでルークの目が鋭いものになった。それを見て、騎士とガイを除く面々がかすかに目を見開い
た。
 はじめて目にする、”部下を持つ主”の姿をしたルークに驚いたのだ。
「……これ以上キムラスカを舐めさせるわけにはいかない。『妖獣のアリエッタ』、『鮮血のアッシュ』の
二名は必ず捕縛し、バチカルへ連行しろ。『魔弾のリグレット』と『黒獅子ラルゴ』が居た場合、奴らも
だ」
「ま、待ってくださいルーク。彼ら六神将は僕らダアトが査問にかけ、罰を……」
「イオン。事はもう、ダアトだけで片付けられる問題じゃないんだ。身内だけの罰ではいそうですか
と済ませるわけにはいかない。……だよな、ヨウイチ」
 意見を求められたヒルマは頷いた。
「えぇ。連中は二度もルーク様の御身を危険にさらし、バチカルの領地であり重要な軍の拠点である
カイツール軍港を襲撃しました。身内であるダアトに身柄を引き渡す訳には行かないでしょう。六神将
は「神託の盾」幹部ですから、査問の後、軽い刑罰で済んでしまう可能性があります。まだキムラスカ
領内にいるのであれば、こちらで捕縛のち、こちらの法に従って刑に処すべきです。そうでなければ、
キムラスカの権威が失墜します」
 イオンの顔が真っ青になる。アリエッタと交流があるアゴンもまた、顔色が悪い。
「ヒルマ殿の仰る通りですが……。やはり我らはルーク様を」
「俺なら大丈夫だよ。ガイも「デビルバッツ」もいるんだしさ」
 笑顔でルークは云ったが、騎士たちは思いっきり面白くなさそうな顔で使用人と傭兵達を見た。そ
の視線に、ガイたちは引き攣った笑みで答えるしかない。ヒルマはにやにやしているけれど。
 タカミもしばしヒルマの顔を見ていたが、ふいに息を吐くと頷いた。
「ルーク様のご命令ならば、我らは従うしか御座いません」
「タカミさん!」
「そんな!」
「ルーク様の御身を使用人と傭兵風情に任せろと云うのですか!」
 今まで沈黙を守っていた騎士たちも、流石に声を荒げた。自分たちがいながら、守るべき主君の
身を使用人と他国の傭兵に任せるなど、彼らには我慢が出来なかった。
 冷静さが美徳の一つである彼らでさえ、即不平の声を上げるのだ。ツヤシマ曰く「血の気の多い
連中」だったなら、どうなっていたか。……想像したくないタカミだった。
「ルーク様のご命令だ。口を慎め」
「……っしかし!」
「ガイの実力は俺たちも知っているだろう。それに」
 タカミはチラとヒルマに向けて視線を投げかける。
「ルーク様の信頼を裏切ればどうなるか、『悪魔の司令塔』はよくご存知のはずさ」
 そう云って、「デビルバッツ」、「ナーガ」、軍人達、そしてガイを見据えタカミは云った。
「ルーク様のお体に傷一つつければ、ダアト及びマルクトはキムラスカに叛意ありと見なす。……重々
承知しておいていただこう」
 絶対零度の声に、ヒルマ達はこくりと頷き、セナとクリタがぶるりと身体を震わせ、ティアとアニス
がビクと肩を竦めた。
「ガイ」
「はっ」
「お前もわかっているな?」
「承知しております。ルーク様の御身、私の命に代えてもお守り致します」
「……よろしい」
 そこでようやく、タカミは笑顔を見せたのだった。



 了


 加筆修正 2009/08/23