− 初対面の暴弾。
けたたましい音を立て、扉が開いた。驚くルークたちを尻目に、ジェイドはため息を一つ。
「帰ってんじゃねぇか、この糞(ファッキン)大佐」
立っていたのは細身の男だった。逆立ったザンバラの金髪をバンダナで適当にまとめている。異様
に尖った耳にはピアスが光り、眼光は恐ろしいほど鋭い。笑っている口元からは、獣のような牙が覗
いている。美男には違いないのだが、その刃を連想させる容姿と真っ黒な衣装、そして手にある大型
譜業銃のせいで恐ろしい印象ばかりが先立つ、そんな男だった。
その男の後ろには小柄な少年がいた。こちらも逆立った黒髪をバンダナで適当にまとめているが、
耳の形も普通だし、容姿も普通だ。少しオドオドしている様子だが、引き締めればそれなりになるだ
ろうし、笑えば愛らしく見えるだろう。服装も赤と黒を基調としているものの可愛らしいデザインだ
し、携帯している武器は両手用の短剣だが腰の鞘に収めているため物騒な雰囲気はない。
なんとも不思議な組み合わせに、ティアはぽかんと口を開け、ルークは二人を見比べていた。どち
らかと云えば、ティアは二人の容姿よりも細身の男からジェイドへの暴言に対し呆気にとられたのだ
ろう。
「なら連絡入れろ。こっちにだって都合があんだよ」
「あぁ、失礼しましたヨウイチ殿。お客様を招いたものですから」
「客だぁ?」
そこでジロリと、男――ヨウイチはルークとティアを見た。
その眼光にルークはピキリと硬直し、ティアは思わず身構える。
しばし二人を眺め、ルークの方を頭のてっぺんからつま先まで見ると、ヨウイチはニヤリと笑った。
「……キムラスカ・ランバルディア王国――ファブレ公爵家の方ですね」
「え、……あ、あぁ」
先ほどジェイドに向かって暴言を吐いたとは思えないような、丁寧な声音と言葉で、ヨウイチはルー
クに向かって云った。
「お見苦しいところをお見せ致しました。私はヨウイチ・ヒルマ。傭兵部隊「デビルバッツ」のリーダー
です。こちらは部下のセナ・コバヤカワ。お見知りおき下さい」
ヨウイチが優雅に礼を取ると、少年――セナの方も慌てて頭を下げた。
「傭兵……? 何故、傭兵が軍艦に?」
ティアはそう疑問を口にしたが、ヒルマは何も答えなかった。それどころか、ティアを視界に入れて
もいない。
その態度にティアはさも不愉快だと云わんばかりに表情を歪めたが、逆にルークはルークはほっと
息を吐いた。ジェイドやティアの話し方は屋敷の者達とかけ離れすぎてて威嚇してしまったが、ヨウイ
チの嫌味のないイオンに似た丁寧な話し方ならば安心して話せる。ティアは一々頭に来るし、ジェイ
ドは嫌味だしで最悪だったのだ。
「クリムゾン・ヘルツォークとシュザンヌの息子、ルークだ。よろしく頼むぜ」
「光栄です」
云ってヨウイチはにこりと笑った。笑顔を見せられた事にルークはほっとしたが、何故か部屋の隅
にいたアニスとイオンは片頬を引き攣らせた。アニスなど、身体ごと後方へ引いている。
ウンスイとジェイドは平然としているので、ルークの目には殊更奇異に映った。
「――で」
ジロリと、ようやくヒルマはティアを視界に納めた。
「お前はなんだ? 見た所、ダアトの所属みてぇだが」
「……えぇ。私はモース大詠師旗下情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長よ」
粗雑な口を利く人間相手に敬語を使う気はないティアは、ヒルマの顔を見据えながらそう云った。
――途端。
ヒルマから怒りの気配が迸った。
殺意ではなかった。ただ純粋な怒りの気配に、ティアは硬直し、ルークとセナは息を飲んだ。
「情報部第一小隊……? 響長だぁ……?」
うめくように云うやいなや。
ヒルマは腰のホルスターに下げていた小型の譜業銃を抜き、ティアへと向けた。
「なっ……?!」
「てめぇ、どの面下げてその椅子に座ってやがるんだ!」
混乱する面々に喋る隙を与えず、ヒルマが恫喝した。
「平然とした面で座ってるから、どこぞの名家の出か地位の人間かと思いきや、たかが主席総長の血
縁者の上、響長だぁ?! てめぇの横にいらっしゃる方はな、恐れ多くもキムラスカ・ランバルディア王
国第三位王位継承者、ルーク・フォン・ファブレ様だ! 本来ならてめぇなんざそのご尊顔を拝謁する
事すら罪悪な立場のお方なんだよ! 分を弁えろ馬鹿野郎が!」
「な、何を云ってるの?! 私は……!」
「それとな糞大佐。ルーク様をこんな部屋にお通しするなんて何考えてやがるんだ。あ?」
「事情聴取でしたからね。仕方がないでしょう」
「……死体相手にしすぎて脳みそ腐敗しやがったな。ファッキン!」
「ヒ、ヒルマさん……! 大佐さん相手にまずいですよ……!」
「俺たちはコイツの部下じゃねぇ。陛下に雇われた傭兵だ、糞チビ」
吐き棄てるように云い、ヒルマはルークに向き直った。
ティアへの恫喝でルークはすっかりヒルマに対して怯んでいたが、ヒルマが心底申し訳なさそうな顔
をしているのを見てきょとんとした。
「申し訳御座いませんルーク様。こちらの不手際で、不愉快な思いを……」
「べ、別に俺は、その、平気だけど……」
声が段々小さくなっていく。正直、それ以外云い様がなかった。
今までの連中はルークを下に見、嘲ってさえいた。それに対し真っ当な云い返しも出来ず、喚くか
黙り込むしかなかったルークにとって、慇懃とも云えるヒルマの態度とティアへの言葉はもはや驚愕
でしかなく。
ただ、オロオロと成り行きを見守るしかなかった。
そんなルークに対して、ティアは、
「云いたい事があるならハッキリ云えばいいじゃない。貴方の其の態度、不愉快だわ」
そう云った。
――先ほど、あれだけヒルマに云われたにも関わらず大した度胸、いや、愚者っぷりであった。
ルークがカッとなって云い返すよりも早く――乾いた発砲音が響き渡った。
誰もが肩を竦め、目を閉じていた。が、ジェイドは平然とその様を眺め、イオンの後ろへ控えてい
たはずのウンスイはいつの間にか庇うようにと導師の前へ立っている。
はぁ――深いため息が、シンと静まり返った部屋に響く。
「おい、糞坊主。ダアトじゃぁ兵に対して随分とひでぇ教育してやがるみてぇだな」
「さてな。彼女は「神託の盾」、俺たちは「ナーガ」だ。他部署の一兵卒教育の事までは知らん――
と云いたい所だが、同じダアトの人間としては恥ずかしい限りだ。面目ない」
「いやいや全く、御見それしたぜ。キムラスカの王族と文字通り同席した挙句、己の立場も弁えない
暴言。俺が上司ならクビだな。いや、それ以前に不敬罪で死刑か」
ジロリと、ティアを睨みつける。
ティアは震えていた。当たり前か。外されたとは云え、自分に向かって発砲されたのだ。しかも、
弾丸は顔の直ぐ側を通り過ぎて行き、亜麻色の髪を焼いている。
「まぁ、俺も人の事は云えねぇか。あんまりの無礼さに、ルーク様の御前で思わず発砲しちまった」
「そこの兵の無礼を考えれば許容範囲だろう。まぁ、お決めになるのはルーク様だが」
雲水の言葉に、傭兵二人の目がルークへと向く。
自分に許しを請うているのだと気付き、ルークは驚いた。外に出てから、ルークに許しを請う人間
などいなかったのだ。
口ごもるルークに向かって、ヒルマが云う。
「ルーク様の御前での危険行為、大変失礼致しました」
「べ、つに。誰も、怪我してないし……。ただ、部屋の中で撃つの、危ないんじゃねぇの? うるせぇ
し……」
「えぇ、ご尤もです。以後慎みましょう。……どこぞの馬鹿が無礼な行いさえしなければ」
ティアを視界の端に入れながらのヒルマの言葉。視線をよこされたティアはビクリと肩を竦め、ルー
クは心配そうに彼女へ視線を投げかけた。その気遣いの視線にティアは全く気付いていない。
「さて、このような部屋に長居は無用です。此れは軍艦のため高貴な方をお通しできる部屋は御座い
ませんが……ここよりまともな部屋をご用意致します。そちらでお休み下さい」
「ヨウイチ殿。勝手な行動は謹んで頂きたいですね。事情聴取がまだ終わっていません」
「……てめぇ、今回の任務を失敗させてぇのか?」
「まさか。むしろ成功の確率を上げるために――」
「忠告しといてやるよ、ジェイド・カーティス大佐」
ひたりとジェイドを見据え、ヒルマは此処に来て初めて彼の名を呼んだ。
「てめぇは軍人としちゃぁ超一流だ。だがな、外交官としては犬の糞以下だ」
「――何ですって?」
「戦争は効率だが、人間は誠意だっつってんだよ」
「せいい」
セナが、ぽつりと呟いた。
その言い方は、「ヒルマさんの口から誠意なんて言葉が出るなんて」とあからさまに驚いていた。
ヒルマがジロリと睨むと、セナは慌てて口を押さえて目を逸らす。
「いいか、今回みたいな任務を成功率だ効率的だ確率だなんだで測るんじゃねぇ。てめぇが考えてる
程、効率よく合理的且つ都合よく出来てねぇんだよ、人間って生き物はな」
「……」
「そんなもんはな、戦争なんて云う化け物にしか通じねぇんだ。それがわかってねぇてめぇは、『皇
帝の懐刀』なんて呼ばれておきながら、二つ名が『死霊使い(ネクロマンサー)』なんだよ。
なぁ、此処まで云えば俺がなんて云いたいかわかるよな? これ以上無駄な時間使わせないよなぁ、
お偉い大佐様は」
その顔は、全力でジェイドを軽視していた。その全力の軽視を受け、ジェイドは小さく「えぇ」と
頷いた。どうやら反論はないらしい。いや、出来ないと云うべきか。
もはや云いたい事は云い切ったと云わんばかりに顔をそらし、セナに向かってヒルマは云う。
「糞チビ、てめぇはルーク様を例の部屋へご案内しろ」
「は、はい」
「お前がルーク様の世話役だ。ご要望には出来る限りお答えしろ。護衛役はムサシにな」
「ヒルマさんは……」
「そこの」顎でティアを示す。「女に聞きたい事がある」
「はい……わかりました」
セナはぺこりと頭を下げると、ルークに駆け寄った。
「今お聞きの通り、僕がルーク様のお世話役を勤めさせていただきます。参りましょう、ルーク様」
「え……、いい、のか?」
「ルーク様はお疲れでしょうから、どうぞお休み下さい」
「ん……」
頷いてルークはのろのろと立ち上がった。やはりその時、ティアへ気遣いの目を向けていたが、彼
女は自分の事で手一杯で気付かない。
ルークの足元で今まで大人しくしていたミュウが、ぴょこぴょこと跳ねた。
「ぼくも行くですの!」
「うっぜーなぁ、もぉ!」「わっ、聖獣チーグル?!」
「セナ君、申し訳ないがイオン様もそのお部屋にお連れしてくれ」
ウンスイから突然の申し出に、セナは目を丸くし、イオンは驚いた。
「ウンスイ? 僕は……」
大丈夫ですと云おうとした言葉を遮り――本来ならとんでもない不敬だが、ウンスイを含めた一部
の「ナーガ」には許されている特権だ――、ウンスイは云う。
「イオン様も森を歩かれてお疲れのはずです。どうか、ご自愛を」
「……わかりました。アニス、行きましょう」
「はーい、イオンさ」
「タトリンは駄目だ」
当然ですと、イオンについて行こうとしたアニスを、ウンスイが低い声で呼び止めた。
「えー?! な、なんでですかウンスイ様ぁ?! 私、導師守護役で」
「その護衛役がついていながら、何故イオン様をお一人で行動させた?」
驚いて不平を叫ぶアニスに対し、ウンスイはいっそ無情だ。己の失態を遠回しに責められて、アニ
スは頬を押さえて絶叫する。
「はぅあっ! お、お説教ですかぁ……?」
「わかっているなら話が早いな。本来なら俺一人の説教でなどでは済まない問題だが、反省の色が
全く見えない守護役を見過ごせるほど俺も気が長い方じゃないんだ」
「うぅ……」
「この事は導師守護役長にお伝えするからそのつもりでな」
「うぅぅぅっ!」
両手で頭を抱え、アニスは唸った。何を今さら、と云うヒルマにウンスイが目を向ける。
「それでだ。ヒルマ、借り一つだ。クリタにイオン様の護衛を頼む」
「てめぇの弟はどうした」
人のものを使う前に、てめぇのもんはどうしたんだ、と言外に云うヒルマに、ため息混じりにウン
スイは答えた。
「エンゲーブへ着いて行けなくて不貞寝中だ。……今叩き起こすのは可哀想だろう? タトリンが」
「お優しいこった。……まぁ、目が覚めた時が怖ぇよなぁ、糞護衛〜?」
「は、はぅぅぅぅっ!」
ニヤニヤ笑うヒルマに、アニスはついに蹲ってしまった。
ウンスイの弟がよほど怖いらしい。
その”弟”を知らないルークとティアは、きょとんとアニスを見るしかない。
「よしわかった。貸し一つだな。糞チビ、糞デブにも声かけろ」
「はい。それでは失礼します」
セナが頭を下げ、ルークとイオンを促し、ミュウも連れて部屋を出て行った。
部屋に残ったのは。
冷え切った眼差しのヒルマ、感情の読めないジェイド、静かに怒りを迸らせているウンスイ。
そして、縮こまっているアニスと、部屋の空気に硬直しているティア。
ティアの片頬が、ヒクリと引き攣った。
「さぁて……」
大型譜業銃を担ぎなおして、手にしていた小型譜業銃をホルスターに戻し、ヒルマは、
「事情聴取と行こうじゃねぇか、糞小娘」
冷徹な眼差しで、ティアを見据えたのだった。
了
加筆修正 2009/08/20
