僕の世界は狭かった。
 自分の部屋と、女王騎士の詰め所と、父上、母上、叔母上の部屋。
 僕の世界にそれ以外の場所はなかった。
 僕はまだ子供だから、行動範囲が狭くて当然だとは思うけれど、僕に専属の護衛がいないと云うの
が一番の理由なんじゃないかって思う。
 王位継承権はない男の王族だけれど、一人でフラフラとさせる訳にはいかないだろう。
 男の王族に、正規の女王騎士が専属護衛に就く事はない。勿体無いから。だから女王騎士見習い
が王子の護衛に就く事が慣例となっているそうだが、生憎、今現在女王騎士見習いはいない。女王騎
士はいるけれど。
 女王騎士の皆は僕を可愛がってくれる。専属護衛になれなくても、僕を守ると云ってくれる。
 ガレオンは殊更僕に優しい。もしかしてお祖父様がいたらこんな感じなのかな、と思ったけれど、お
祖父様と云うにはガレオンは若い気がした。ザハークは僕に対してちょっと冷たいけれど、本当は僕
の立場を気遣ってくれてる事、ちゃんと知ってる。
 このまま、この狭い世界で生きていくんだって思ってた。
 僕は男で、王位継承権は逆立ちしたって持てない。(持ちたくもないけど)
 妹が出来たら、その子を守って生きていくんだ。
 この狭い世界で、それだけ出来れば上等だと思っていた。満足していたんだ。
 なのに。
 神様は――僕らを守護してくれる太陽の紋章は、イジワルだ。
 どうして僕に、こんな人を――与えてくれるのだろう。



 − 見つめることしか出来ない。



「お前は初めて会うな、サキ。本日付けで女王騎士『見習い』になったカイルだ」
 父上がそう云って僕の背中を押し、その人の前に立たせた。
 その人は、どこか少女めいた顔立ちをしていた。まだ、子供から大人になる途中なんだろうな。見
開いてる目が、まだ幼い。
 金色の髪はまだ短い。これから、伸ばす事になるんだろうな。女王所有の証として、女王騎士は髪
を伸ばして結わなければいけないから。この綺麗な色が長くなるのか。素敵だと思う。
 あ、睫毛長い。睫毛も金色だ。目。目は、青い。鈍い青色。フェイタス河みたいな色だ。
 肌、よく焼けてるな。いつも外に出てる証拠だ。羨ましい。
「……何を見詰め合っとるんだ、お前らは。サキ、挨拶なさい」
 嗚呼、いけない。ゴメンナサイ、父上。
 キチンと挨拶しなくちゃ。僕は『王子』なんだから。
「初めましてカイル殿。女王アルシュタートの第一子、サキレリーヴァ・ファレナスです」
 背筋を伸ばして、ちゃんと云った。みだりに頭を下げてはいけないって、ザハークに云われてたか
ら、頭は下げないようにした。ザハークの方をチラと見ると、小さく頷いてくれた。よかった、失敗し
てなかった。
「……ふあー。凄いですねー。こんな小さいのに、ちゃんと挨拶できるんですねー」
 間延びした声がして、頭を撫でられた。
 驚いた。僕の頭を撫でてくれるのは、父上と母上と伯母上だけだったから。
 あ、そう云えば、一度ガレオンも撫でてくれた事があった。初めての鍛錬で、僕が受け身を綺麗に
とれた時。「素晴らしいですぞ殿下!」って喜んでくれて。でも撫でてくれたと思ったらパッと手を離し
ちゃって、「申し訳ございません」って謝られて、僕は悲しかったんだ。
「カイル! 貴様、王子殿下になんと……!」
「え、あ、ごめんなさい! 偉いなーって思ったらつい!」
「何を無礼な! 王子として当然の事ではないか!」
 うん、そうだ。ザハークの云う通りだ。
 僕は王子として当然の事をしたんだから。褒められるような、事、してない。
 カイルはちょこん、と首を傾げた。なんか、可愛い仕草だった。
「王子は王子ですけどー、こんなに小さいんですよー。こんなに小さいのに挨拶がちゃんと出来るっ
て、偉くて凄いじゃないですかー。俺、尊敬しちゃうなー」
 そう云ってカイルはニコニコ笑った。
 太陽みたいに明るい笑顔で驚いた。こんなに無邪気に笑う人、初めて見た。
 カイルは、本当に僕を凄いって思ってるんだ。お世辞とか、建前とかじゃなくて。
 突然、今まで黙っていた父上が笑い出した。凄く楽しそうに、腰を折って笑ってる。
「わはははは! そうだな! サキ、ちゃんと挨拶出来て偉いぞ!」
 そう云って、わしゃわしゃと僕の頭を撫でた。カイルと違って乱暴に撫でてくる父上の手はちょっと
痛かったけど、僕は嬉しかったから大人しくしていた。
 父上は僕の頭を撫でながら、カイルの方を優しい目で見た。その目は知ってる。いつも、僕に向け
てくれる、優しい目。
「カイル。先ほど云ったように、お前にはしばらくサキの護衛を勤めて貰う。二人とも仲良くな」
「はーい! 仲良くしまーす!」
 手を上げて、子供みたいにカイルが云った。ザハークが呆れてる。でも、ガレオンは愉快そうに笑
ってた。
「王子、これからよろしくお願いしますねー」
 ニッコリ笑って、云う。嬉しそうだ。僕なんかの護衛が、嬉しいのかな。
 僕はファレナにとってなんの価値もないのに。
 なんて云ったらいいかわからない。僕は王子だから、ちゃんと云わなきゃいけないのに。でも、こ
う云う時に云うべき、王子としての言葉ってなんだろう。
 僕は情けない事に、何も云えなくて、動けなくて。
 目の前にある太陽みたいな笑顔を、見つめる事しか出来なかった。




 了


 加筆修正 2011/04/07      お題「7.見つめることしか出来ない」