――俺が一体何したってんだ!
 竜ヶ峰帝人からズボンと下着を脱ぐように云われた青年――六条千景は、顔を真っ赤に染め上げ目
に涙を溜めながら、震える手でベルトを外しに掛かる。
 第三者が見たならば確実に同情を引くだろう千景の哀れな姿を、帝人は椅子に腰かけたまま笑顔で
眺めていた。その笑顔には色気も汁気も無い。極一般的な普通の高校生が、ある程度気心の知れた
友人へ向けるような、邪気のない素朴な笑みだ。
 何でも無い日常の一部と呼べる笑顔なのに、この状況で浮かべられてはただただ不気味なだけだっ
た。
 ――何もしてねぇ。俺、何もしてねぇよなぁ?!
 口には出せない文句を、胸の内だけで叫ぶ。
 千景と帝人の間には、全くと云って良い程接点は無い。一度だけ密度の高い会話をした事はあった
が、復讐されたり逆恨みされたりする内容ではなかった。ない、はずだ。少なくとも、千景の視点から
すれば全く無かったし、何も知らない者から見てもそうだったろう。
 千景は知らなかったのだ。
 自分が帝人の為だと思って告げた言葉が、相手の全てを否定する物であったなど、想像もつかなかっ
た。そのせいでこんな目に遭っているのだと云う事実を、推測する事すら出来なかったのだ。

 ほんの数日前の事だ。門田にでも会えないかと一人でぶらりと池袋へやって来た彼の元へ、帝人が
訪ねて来たのは。
 あの時に見せた悲壮な決意や胸が痛む覚悟など無かったかのように、童顔に穏やかな笑みを浮か
べ、少し照れくさそうにしながら「あの時はご迷惑をおかけしました」と謝ってくれた。
 陰りのない顔を見て、あの時の自分の忠告を受け入れたのだと思い込んだ千景は「気にすんな」と
云って、からりと笑った。
 この時点で、気付いていれば良かったのだ。とても単純な事に気付いていれば、恐らくこのような事
態に陥りはしなかったと、千景は今さらながら思う。
 千景は誰にも云わず、ぶらりと池袋を訪れたのだ。偶然でも何でも、ついこの間知り合えた連中に
会えればいいと、そんな賭けとも呼べない考えと共に。なのに帝人は、まるで千景が”そこに居る事を
知っていたかのように”忽然と、目の前に現れた。
 その時は深く考えなかった。相手は池袋の住人。世間は広いようで意外と狭い。ならば、こう云った
偶然もあるだろうと単純に考え、次の瞬間にはその考えすらぽい棄てした。
 見くびっていたのだ。だから、考えもしなかった。
 帝人は自ら告げていたのに。自身が、”ダラーズの創始者”であると云う事を、千景に伝えていたと
云うのに。
 そのダラーズはどこにでも居て、携帯とネットを介して繋がっていると云う重要な事を、愚かにも忘れ
て居たのだ。
 覚えて居たら、多分、予想くらいは出来たはずだ。
 以前にあったTo羅丸とダラーズの抗争を未だに恨んでいる者が、駅前で見かけた千景の写真を撮り、
それをメッセージとともに”仲間達”へと回していると云う事実を、予測くらいは出来たはずだ。
 なのに目の前の平凡な存在に気を許し、緩め、見くびった結果が、”此れ”だ。

 ベルトの金具を外し、ボタンを外し、チャックを下ろせば、ズボンは自重で勝手に落ちた。そこから足
を抜き、ボクサーパンツへと手を掛ける。ちらと帝人へ目をやれば、彼は手にしていた携帯を操作し
ていた。
”携帯を操作している”事へ恐怖を覚え、千景は慌てて下着を下ろす。先に脱いだズボンの上へ下着
を投げ捨て、顔を上げれば、帝人の目はしっかりと千景へと注がれていた。
 からかわれたように感じて、顔の赤みが増す。思わず俯こうとした千景へ、帝人はいつも通りの声
で告げた。
「そのまま立ってられると難しいので、座っていただけますか?」
 ――いけしゃあしゃあと!
 文面だけ見れば丁寧で、下手にも見える。だが実際は強制だ。千景に拒否権などない。
 その事実へ怒りを覚えつつ、千景は床に直接尻を下ろした。ひんやりとした床の温度に鳥肌が立っ
たが、気にしてはいられない。膝立ちになっても良かったのだが、この後の展開を考えるとそれは自
分を苦しめるだけだと判断したのだ。
 帝人から遠すぎず近すぎず、丁度良い距離に座りこみ、足を広げる。M字開脚と云うには色気が無
いし、男の自分がやっても寒いだけだと思うのだが、帝人は笑っていた。
 やはり、普段と変わらないだろう、優し笑みを持ってして、千景を見下ろしている。
 靴下をはいたままの足が伸ばされた。思わず体に緊張を走らせる千景を嘲笑うかのように、足は予
想通り――千景の股間を踏みつけた。
「……っ」
 予想より優しい圧力に対し、逆に息が詰まってしまう。てっきり、思い切り踏み躙られると思っていた
のに。
 まだ萎えたままのそれに、親指と人差し指の間が来るように当てながら、足が上下に動き始める。
まさしく”扱く”と云う動きだった。手とは違う圧力と、布の感触が新鮮に感じられた。すぐさま千景の息
が荒くなり始める。
 快感をやり過ごす事も抵抗する事も、最早諦めていた。自分に許されているのは恭順だけだと、千
景は理解していた。それでも声を上げるのは厭で、握りしめた手を口元へ押しつけながら、千景は息
を荒げた。
「う、ぅ、っぁ、ぅぅ……ひっ!」
 先端部分を爪先でぐっと踏みつけられ、情けない悲鳴が喉から零れた。潰される事はないと分かっ
ては居たが、心臓には悪い。
 分かってはいても恐怖は消えないと云う事を理解していながら、こう云った戯れをする。それも、普
段通りの悪意のない笑みで、だ。
 何とも、タチが悪い。
「手でした時より、硬くなるのが早いですね」
 実に穏やかな声だった。嘲りの色もからかいの色も哀れむ色も無く、ましてや情事に付き物の艶や
かな色も無い、まるで平穏を凝縮したかのような声だった。
 だからこそ、千景は逆に己が恥ずかしくてたまらない。自分の性格からして、嘲られたりからかわれ
れば怒りを感じるだろう。哀れまれても同じく、怒るに違いない。自分に対して欲情する者がいて、そ
れが女であれば喜び、男であれば気色悪いと思った後、手が付けられないレベルで怒り狂うだろうと
云う事が予想が出来た。
 だが、相手から何も感じられないのであれば、ただ己の様を恥じ入る事しか出来ない。まさかそこ
まで考えての事なのだろうかと、上目遣いに帝人を見るが――穏やかな表情からは、何も読み取る
事が出来ない。それがまた、不気味で堪らなかった。
 確かに人は、相手の考えを完全に読む事は出来ない。だが、予測や推測は出来る。表情や目の動
き、仕草、声の高低、発汗具合など、様々な物から相手の感情を読みとらんとする。中にはポーカー
フェイスと呼ばれる、感情を悟らせない技術などもあるのだが――
 帝人のそれは千景にとって、異常と云わざるを得なかった。
 笑っている。
 確かに、笑っている。
 向けられる目は柔和に細められ、口の両端が軽く上がり笑みを作っている。語りかけて来る声も穏
やかで、耳によく馴染む音程ですらある。
 なのに、”何もわからない”。
 見た目通り穏やかな気持ちなのか、それとも楽しんでいるのか、実は怒っているのか、もしかした
ら嘆いているのか、何もかも一切合財分からない。何も感じられない、何も伝わってこない。笑顔だ
と認識出来るのに、其れ以上の事はわからない。
 これが無表情で、目に光は無く、声すら平坦であれば当然だと感じられるのに、とても穏やかな笑
顔で目で声であるから――
 千景は、恐ろしくて堪らなかった。
 心は確かに恐怖を感じている。だが、背筋に寒気が走るより早く、下腹部から熱が湧きあがった。
口から吸い込んだ酸素が、喉でひゅっと音を立てる。
”イく”直前の、形容しがたく、もどかしいようで心地良い感覚が、寒気よりも先に背中を舐めた。
「ふ、う、うぅぅぅぅ――っ!」
 獣のような呻き声を上げ、千景は本能のままに己の性を放った。帝人とこのような関係になるまで、
愛しい恋人達の粘膜と擦り合わせつつ、ゴムの中にしか出した事のなかったそれは、帝人の足――
正確に云えば靴下を汚し、床へと落ちた。
 軽く息を乱しながら、相手の様子を窺って――
 千景はギクリと、動きを止めた。
 見慣れた、とは云わない。だが、竜ヶ峰帝人は千景にとって見知った相手ではあった。なのに千景
は、今自分の目の前にいる少年が、全く見知らぬ、初めて会う他人のように見えた。
 一切の感情を削ぎ落したような顔と、この世の全てを否定するような眼差し。
 感情は相変わらず読めない。けれど、怯えた本能が、告げてきた。
 ――おこ、って、――?
 次の瞬間。高く上げられた足が、勢いよく千景の脳天へと下ろされた。技名で云う所の踵落としを
食らった千景は、成すすべも無く床へと顔を叩きつけられる。
 幸いなのは、帝人自身が一般的な男子高校生より筋力が弱かった事と、靴を履いていなかったと
云う二点だろうか。
 千景は強か顔面を打ち鼻血は流したものの、気絶する事も無く、鼻の骨や前歯が折れる事も無かっ
た。それでも、痛い事に変わりはないが。
「うぐ、……っ?!」
「本当に千景さんは器用な方ですね。考え事をしながら、射精出来るなんて」
 どうやら、千景が上の空の状態であった事に対し、怒りを覚えているらしい。声は穏やかなまま変
わり無いが、それがまた恐怖を煽られる。
「何を考えてたかは知りませんし、知る必要もありませんし、云わなくてもいいですけど。とりあえず、
ご自身が汚した床くらいは綺麗にして下さいね?」
”お願い”するような音程ではあったが、これもやはり強制なのだと、千景は分かっていた。
 床を汚しているのは、己の精液と鼻血。二種類の体液を見て、帝人の顔を上目遣いに見やってか
ら、千景はそろそろと舌を伸ばし始めた。
 最早、歯を食いしばり悔しがる事も、そのように惨めな行為はしたくないと主張する事すら出来な
かった。やってやろうと考える気持ちすら、沸いてきやしない。
 知っていた。竜ヶ峰帝人は”弱い”事を、千景は知っていた。喧嘩などした事ないだろう華奢な体
に穏やかな性格、”強い”存在に憧れるだけの、ただの子供。
 ガチンコで向かい合えば、確実に自分が勝てるだろう事を、千景は知っていた。けれど、手を出せ
ない。出す事が出来ない。
 帝人が従えている”お友達”がそれなりに強いからではない。それならば自分が頭を張っているTo
羅丸の方がよほど強いのだから、単純にぶちのめせば良い話だ。
 なのに出来ないのは――単純な事。
 目の前に居る、華奢で穏やかで弱く小さな存在が――ひたすらに、恐ろしいから。
 自分を容易く踏み躙るような、絶対の強者に向ける恐怖とは違う。云うなれば、幽霊や妖怪などと
云う、”あやふやで得体の知れないもの”へ対する恐怖だった。
 人間が出来る事など、たかが知れている。同じ人間であれば、完全には無理だが、多少は心情を
推し量ったり、行動理念が理解出来たりもする。
 だが、竜ヶ峰帝人と云う存在は、――意味が分からない。理解が出来ない。自分とは全く違う、別
種の生き物のような気がしてならないのだ。
 例えば、人を突然殴れば、相手は怒って殴り返してくるか、怯えて泣き寝入りするか、自分が何か
悪い事をしただろうかと許しを乞うか――そう云った具合に、次の行動をある程度予測する事が出
来るのに――それが、竜ヶ峰帝人が相手になると分からない。許すのか、怒るのか、泣くのか、笑う
のか、逃げるのか――どれでも在りそうで、どれでも無さそうで、予測が付かない。
 相手の次の行動が読めない――ただそれだけの事が、恐ろしくて堪らなかった。
 綺麗に掃除されていた床には埃は無く、千景は自分の精液と鼻血だけを舐める事が出来た。最初
は、いくら舐めても後から後から鼻血が滴り落ちるので綺麗にならなかったが、時間が経てば鼻血は
自然と止まり、元の綺麗な床に戻す事が出来た。最も、今度は千景の唾液で汚れた、と云えなくもな
いのだが。
 ともかく、白と赤が無くなった床から舌を離し、顔を上げた。上がった視界に一番に入ったのは、穏
やかに微笑する竜ヶ峰帝人の姿。
 千景を見下ろすその姿は、聖母を思わせる慈しみに満ちているようにも見え、または、見下し嘲笑
う魔性のようにも見えた。
 真逆の二面性を同時に思わせる微笑に対して、静かに戦慄する千景に、帝人は云った。
「上手に出来ましたね、千景さん。僕ごときがおこがましいでしょうが……ご褒美、差し上げますから」
 そう云って、帝人は手を伸ばして、
「そこに四つん這いになって、自分で■■広げて下さいね?」
 やはり、慈愛とも、妖艶とも云える、人間が到底浮かべられるはずもない笑みを、浮かべた。



 − 跪いて足を舐めろ。



 了


 テーマは帝人様アシコキなので此処で切断。(うぉい!)
 もういっそ帝人様は人間辞めてしまえばいいとか思ってる雲麻でした。

 あのチャットからどんだけ時間かけてんだよ……! と云う感じですが、えぇもう本当に。
 完成出来ただけ、自分的には上出来です。(何と云う自分に甘い人間)
 この調子で帝人様攻め短編を書けたらなー思います。ひゃふー。

 とりあえず次は帝静帝の連作ですね! 頑張ります!


 2010/08/15