ある日ある朝唐突に何の前触れも無く、平和島静雄は目覚めと共に自覚した。
「……あ゛?」
 自分が恋をしていると云う事を。
 その恋をしている相手が、”年下の男の子”だと云う事も。
”年下の男の子”が、最近親しくなった知人である竜ヶ峰帝人だと云う事も。
 本当に唐突に突然に、目覚め直後のゆるんだ脳みそで、自覚した。
 自覚して、静雄は、
「…………あ゛?」
 第一声とほとんど変わらない声を発した。


 *** ***


 恋を自覚したその日から、静雄が吸うたばこの本数はあからさまに増えた。
 以前は飯の後に一服、とか、休憩の合間に一本、とか、緩やかな頻度で吸っていたため、消費量は
一日一箱行くか行かないか、と云う所だった。だと云うのに、気付けば昼前でありながら三箱目の封を
切っている。
 新入りのヴァローナはともかくとして、長い付き合いになる田中トムは驚きに目を見開いた。
「おい、どうしたんだよ静雄」
「何がですか」
「それ、俺が見てる限りで三箱目だぞ。そんなヘビースモーカーじゃなかったろお前?」
 純粋に驚いている上司に対し、自分の動揺を見透かされた思いがした静雄は、封を切ったばかりの
箱を懐に戻した。そんな事をした所で、特に意味もなければ誤魔化しも出来ないのだが。
「昨日だって五箱は余裕で空けてたよな……?」
「三日前は四箱。四日前は六箱です。タバコは有害物質の塊りです。山ほどに含みます。多量摂取は
推奨しません」
「あ、あぁ。そ、だよな……。……てか、よく覚えてんなヴァローナ」
「……特技です」
「特技って……あぁ、記憶力がって事か? そう云えば知識量凄いモンなぁ。この前だって――」
 上手い具合に話がそれて行く。静雄はこっそりと安堵のため息を吐いた。
 自覚はあった。自分でもどうかと思うくらいに、喫煙量が増えている事は。
 胸の内にあるもどかしくもスッキリしない気持ちを紛らわすために吸っていると云うのに、煙を多量に
肺腑へ入れる事により、余計に気分が悪くなって来る。なのに止められず、吸い終わればすぐ新しい物
へ火を付ける。最低の悪循環だ。それを静雄は自覚している。だが自覚しているからと云って止められ
る物ではない。それほど器用な性格を、静雄はしていなかった。
 自分のその不器用な部分を、静雄はとても嫌っていた。もっと器用に生きたいと、常々思っている。だ
がどうしようもない。思うだけで人格を変えられるなら、きっと、誰もが自分の思い通りの人生を歩めてい
る。
 頭の中でならばいくらでも理想の人間像を作れると云うのに、現実と云う物はままならない。あぁ世知
辛い世の中だ神様糞喰らえ、と意味の分からない八つ当たりを胸中で呟いて。
 視界の端に、小さな頭に巻かれた白い包帯が、ふと目に留まった。

「あ、静雄さん――」

 自分を最低の悪循環へ叩き込んだ張本人に声を掛けられた静雄は、思い切り――噎(む)せた。
「がはっ、げほがっ……ごほっ!」
「し、静雄さん?! 大丈夫ですか?!」
 咳き込む静雄の元へ竜ヶ峰帝人が駆け寄ってくる。突然咳き込んだ静雄に驚いたらしい。只でさえ
大きな丸い目が、さらに大きくなっていた。
「おいおい、何やってんだ静雄ー」
「先輩? 喀血ですか?」
 先輩と物騒な事を云う後輩に「大丈夫」と手を振ってから、静雄は大きく一度咳払いをして竜ヶ峰へ
と向き直った。
「よ、よぅ、竜ヶ峰。その、……何か用、か?」
「いえ、特に用事は……。その、静雄さんの姿を御見かけしたのが嬉しくてつい……」
 そう云って小さく困ったような笑みを浮かべ、ごめんなさいと謝って来る。
「そ、そうか」
 やっとそれだけを答える。
 別に竜ヶ峰は何一つ悪くない。勝手に驚いて勝手に咳き込んだのは静雄の方だ。だが、その下手
になりすぎる卑屈な所も、よくよく考えれば可愛い所で――
 ――……可愛い?
 己の思考回路に疑問を持ち、それからすぐにあぁと納得した。
 竜ヶ峰帝人は可愛いのだ。
 身長は静雄よりずっと低くちんまりしているし、華奢な体は冗談ではなく折れてしまいそうだ。ほんわ
かとした柔らかい表情の浮かべる顔は幼い作りをしていて、高校生だと云われてもすぐには信じられ
ないほどに無垢だ。薄い唇から零れる言葉とて、本人の性格を表すように穏やかで、でもたまに強い
調子にもなって、それが耳に心地よい。
 そして何よりも――何よりも、童顔に浮かべられる笑顔が可愛かった。
 そうだ、可愛かったのだ。このちんまりとした童顔の子供は、とても、可愛くて。
 可愛くて――?

「――……ふんぬぁッッ!」

 思わずと云うか、ついと云うか。静雄は己の思考を止める為に、側にあった自動販売機に頭突きを
かましていた。哀れ、その場に立っていただけの罪のない自動販売機は、べっこべこにへこんでしまっ
た。
「し、静雄?」
「ど、どうしたんですか?」
 静雄が思考の海に飛び込んで居る間に挨拶を済ませていたらしいトムと竜ヶ峰が、驚いた顔で静雄
を凝視している。
 それに返事も出来ず、静雄はめりめりと自販機に沈み込んで行った。
 ――畜生。なんてこった。



 − 大変です! 俺のハートが盗まれました!



 可愛いから恋をしただなんて、恥ずかしいにもほどがある。



 了


 やっと始まりました。シズちゃん自覚篇!
 突然脈絡もなく自覚しただけでも落ち着かないのに、恋した理由が「可愛いから」とか。突っ込み
どころ満載ですが、突っ込んだら殺されますね。←


 執筆開始 10/10/11〜


 お題配付元様「嗚呼-argh」